児童館」カテゴリーアーカイブ

ピアノに合わせてあそぼう(12/11)

今日はじゅらく児童館のピアノに合わせてあそぼうの日でした。クリスマスの曲をたくさんやりました。 1歳児が0歳児に優しく接していたり、0歳児が周りの赤ちゃんや大人に興味を示したり今日も微笑ましい様子がたくさん見られました。
(12/11ツイートより)

ピアノに合わせてあそぼう(10/2)

今日はじゅらく児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」の日でした。今日はかわいいマラカスを持ってきている2歳児ちゃんがいて、音楽に合わせてふっていて、そこに0歳児含む他の子たちが寄ってきてというのが面白かった。乳児同士の見つめ合いとか💕、何を感じているのだろうといつも思います。
(10/2ツイートより)

ピアノに合わせてあそぼう(9/11)

今日はじゅらく児童館のピアノに合わせてあそぼうの日でした。 今月の季節の歌の中に「月」(出た出た月が~)がありましたが、知らないお母さんが多かったようです。 時々ジェネレーションギャップ(のせい?)を感じます。
(9/11ツイートより)

ピアノに合わせてあそぼう(7/10)

今日はじゅらく児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」の日でした。0歳から2歳までの子供たちでにぎやかでした。歌、手遊びの曲目は、たなばたさま、きらきら星、海、きゅうりができた、こぶたぬきつねこ、かもめの水兵さんなどなど。演奏はハイドン、モーツァルトでした。
(7/10ツイートより)

ピアノに合わせてあそぼう(2023.5.8)

今日はじゅらく児童館「ピアノに合わせてあそぼう」の日でした。0歳児の割合が多かったので、職員さんとその場で打ち合わせてテンポや内容を調整しました。ミニマラカスはおしゃぶりに(笑)。 演奏はクレメンティとシューマンでした。(5/8ツイートより)

子どもと音楽について考える

毎月児童館で、かわいい小さな子たちを見ていて、みんな元気に成長して幸せになってほしいなあと思います。一緒に音楽遊びしたことが記憶のどこかにいい思い出として残っていてくれたら最高ですが、多分小さすぎて思い出すことは難しいでしょうね。それでも、一つ一つの経験が何かしら頭のどこかにインプットされるはずと思うので(赤ちゃんはあなどれない!)、それがポジティブな感情として残るといいなと願います。

たまたま、親御さんに連れてこられて来るわけだから、この子たちがみんな音楽好きかはわかりません。中には子どもが音楽好きなんですと言われる親御さんがいらっしゃったり、子ども自らピアノに興味を示したり、音楽に積極的に反応するということもあります。もし、この子たちがこれから何かの形で音楽に関わっていくとしたら、それはどんな方法がいいのか、それはいつも考えていることです。できれば幸せな音楽との関わり方ができる方がいい。でもそれは、その子どもによってそれぞれ違うと思います。

『音楽気質』(アンソニーE・ケンプ/朝井知訳/星和書店)の「音楽的才能の発達」という章に書かれている気になる部分を少しまとめました(翻訳文であるためちょっとわかりにくいかもしれませんが)。

あまりに早すぎる、例えば、目標を定めた活動などという外来的な動機の強化は、より本来的な「芸術的かつ情緒的な感受性」を抑制してしまう可能性がある。

子どもに対して、何の要求もなされない、落ち着いた、恐れのない環境が、音楽が、個人に最も強く情緒的な影響を及ぼすためには必要であるのだろう。

子どもに楽器などを習わせる場合、技術の習得という目に見える目標についつい気持ちがいって、少しでも早くと思いがちかもしれませんが、あまりあせらず、内面の成長にも心を配ることが大切だと思います。遊びの中でも音楽に接したり、楽しんだりすることはできるから、まずは自発的に音楽に関わる様子を見守って、その子にどういった音楽環境がふさわしいのか考えてもいいのかもしれません。遊びの中なら楽しんでいても、いざ習わせたら興味を失うということもあると思いますが、それは音楽が嫌いというわけではなく、指示されてやるのが嫌なだけかもしれません。そういった子にも音楽性をはぐくむ可能性はあるだろうから、違った方法をとってみるというのもいいんじゃないでしょうか。結局もっと別のことに興味を持つかもしれないけど、何が好きかは自分が一番わかってるんだから、それでいいと思います。これは音楽以外でもそうでしょう。

音楽や芸術分野に限らず、感受性をはぐくむのはとても大事だと思います。特に今のような物や情報があふれた混乱した時代では、何が本当に大切で必要なものか、それを感じられる力をつけることが生きていくために重要だと感じます。長い目で見れば、心が成長し、内面が充実し、精神的に安定していくことがその後何をやるにも支えとなるのだと思います。

サン・テグジュペリの『星の王子さま』に、

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

という言葉がありますが、わかりやすいメッセージだと思います。この物語が書かれた時代よりも、今はもっと肝心なことが見えにくくなっているでしょう!

音楽が好きな子がどのような形で音楽に関わるのがいいのか、それは、既存のやり方以外にも可能性はあるのではと思っています。これからもそれについて考えながら、機会があればまた話したり、書いたりします。

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クリスマス・ソング

12月10日はじゅらく児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」、今日は朱六小学校の「きっずぱぁく」でクリスマスのイベントがありました。朱六のきっずぱぁくのクリスマス会は毎年多くの親子が来られますが、今年は34組(68名)とかなり多かったです。スタッフが私入れて8~9名ほどだったので、部屋はいっぱいでした。途中でサンタさんが登場するサプライズもあり、とてもにぎやかなクリスマス会になりました。小さな子たちのかわいい様子がたくさん見られました。

2日間でいつもの曲に加えクリスマスの曲をたくさん弾きました。毎年12月はそんな感じでやっています。今回弾いたクリスマスの曲は以下の通り(伴奏、メドレー、BGMなど)。

・あわてんぼうのサンタクロース

・赤鼻のトナカイ

・ジングルベル

・星の世界

・聖者の行進

・サンタが町にやってくる

・ひいらぎかざろう

・もろびとこぞりて

・ホワイトクリスマス

・クリスマスおめでとう(We Wish You A Merry Christmas)

・きよしこの夜

・アメイジング グレイス

・きらきら星(これはクリスマスじゃないか?)

聖者の行進以外は、自分が編曲したものです。今年はメドレーに一曲短いのを追加しただけですが、毎年ちょっとずつ触ったりしています。

今日、あるお母さんにオリジナルのクリスマスソングはないんですか?と聞かれました。そういうのは作っていませんが、作ってもいいかな。でも多分、自分の曲をこれはクリスマスの曲ですと言っても、知らない曲ではクリスマス気分にはならないやろうなと思います。伝統的な曲でなくても、山下達郎、マライヤキャリー、ワムの曲など毎年クリスマスシーズンにお店などでかかっているから、ああクリスマスかーと条件反射的に思うようになっているんですよね。

クリスマスの曲は楽しい曲、きれいな曲が多いですね。今月はもう一回、いるか喫茶バーでもクリスマスの曲を弾く予定です。

楽しいクリスマス会でした

12月11日、12日、13日の3日間、親子向けのクリスマスイベントでピアノを弾きました。場所は、いつものじゅらく児童館、元明倫幼稚園、朱六小学校です。

3日とも、プログラムはクリスマスやその他の歌、パネルシアター、プチコンサートなどでした。じゅらく児童館と朱六小学校は場所が近いので内容をなるべく変えてやりました(やはりどちらも来られた方が何人かいらっしゃった)。

3日間のうち、13日が一番多かったようで25組の親子が来られたと地域の担当の人から聞きました。いつもそうですが、来てくれたのはまだ寝返りもうてない小さな赤ちゃんから、動き回れる2歳までくらいの子たちがほとんどです。

歌は小さな子もできるような手遊び歌と、大人が歌うクリスマスの歌などでしたが、「きよしこの夜」や「星の世界」や「もろびとこぞりて」は大勢で歌うときれいですね。伴奏してて感動します!もろびとこぞりての作曲はヘンデルですし!

これまで、伴奏は歌の譜面にコードをふったくらいのもので済ませていた曲もあったのですが、今回は全部編曲して譜面にしました。その方が多少でもいい伴奏になりますから。

ピアノを弾いていると、やはり近寄ってくる子がいます。今回、2日目は二人ほどピアノを触りに来る子がいましたが、一人はハイハイして近づいてきて、お母さんが引っ張って戻すとまたハイハイでピアノに近づいてくるという感じで、その一途な様子に感動しました(笑)。そのまま突進したらピアノにぶつかるよ!(笑)

3日目は、子どもを抱っこして一緒に弾いているところを見に近づいてくるお母さんも何人かいらっしゃいましたが、2歳くらいかな?という男の子が何度も何度も私の左側から低音部の鍵盤を触りに来ました。そのたびお母さんが抱いて連れていくのですが、手足をばたばたさせて泣く様子を見てなんだが悪いなあと思いました。でも、プログラムが全部終了して、遊びの時間になりBGMとして弾いていた時は、一緒に弾こうかと言って鍵盤を好きに触らせてあげるとおとなしくずっと横で音をだしていました。あんまり力もなく大きな音でもないからさほど気にせず、私は自分の音楽を弾き続けました。時々手と手があたりながらも(笑)。

プチコンサートでは、モーツァルトのソナタと自分の曲とハイドンのソナタを弾きましたが、特にハイドンのソナタの時は子どもを抱っこしたまま、体をゆすって拍子をとってるお母さんたちがいました。その様子を見て、うれしくなって私もより楽しい気分に。モーツァルトのソナタもアルベルティ・バス(ドソミソのような伴奏スタイル)が出てきますがこちらはアダージョ、ハイドンはアレグロで、やはりアップテンポになると、グルーブ感が出てくる(出したい!)ので、ノリノリな感じになってくるんですね。なので、自然と体が動くんだと思いますよ。

プログラムの最後は赤鼻のトナカイとジングルベルのメドレーをみんなで歌いましたが、小さなペットボトルの中にビーズが入った手作りのマラカスを配ってもらいました。小さな赤ちゃんたちはそれを手に取ると、さっそくペロペロ(笑)。なんでも口に入れたい年頃やもんね。

マラカスも入って、大盛り上がりでクリスマス会は終わりました。楽しかったという感想も聞けたし、皆が帰ってから私も含めスタッフ(地域の委員さん、保育所と児童館の先生たち)6人で、たくさん来てくれて、楽しんでもらえてよかった、よかったと話しました。

以上、ちょっとまとまりないですが、クリスマス会の様子を書きました。

これは、じゅらく児童館の飾りつけ。青!が新鮮でした。

 

フリッツ・イエーデが語る「子どもと音楽」

今日は近所の児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」の日でした。
今日のパネルシアターの音楽は「手をたたきましょう」でしたが、手をたたく動作の時、一歳くらいの子が手を上に上げてぱちぱちと上手にならしました。他のお母さん方やスタッフ達から感動の笑いが起こりました。
遊びの中で音楽に触れ、楽しむことは子ども達の中にある何かを自発的に引き出す可能性があるのだなと改めて思います。
『フリッツ・イェーデの音楽教育』―「生」と音楽の結びつくところ(小山英恵著 京都大学学術出版社)からの引用です。

「イェーデによれば、就学前の子どもは、自ら歌い、また両親や兄弟と共に歌い、音の動きを聴き取るために沈黙する。このような就学前の子どもの音楽活動は、たとえ単純であっても創造活動に近いとする。というのも、子どもは、喜びの気持ちを歌にするからである。子どもの歌には、両親や兄弟と共に歌う喜びや安心感がそのままあらわれる。「子ども固有の世界にある幸せな生」は、歌い、演奏するきっかけであり、自身の歌を歌わせる力であるとされる。つまり、子どもの歌は、幸せな「生」の表現としての創造活動であるとイェーデは捉えているのである」

「子どもは、喜びの気持ちを歌にする」「子どもの歌は、幸せな「生」の表現としての創造活動である」とは、なんて素敵なことだろうと思います。
このイベントに来てくれている子たちが、楽しい音楽体験を経て、やがて自分で歌いだす日が来ることを想像するのはうれしいことです。

 

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