伊福部昭公式ホームページの中の石丸基司さんのエッセイで、伊福部昭の弟子、芥川也寸志が曲のタイトルは
「自分の赤子の顔を見ないと命名が出来ないのだから、脱稿してからの命名する」
と語ったことを紹介しています。
私は自分の子の名前をおなかの中にいる時に考えていましたが(笑)、曲に関しては芥川也寸志と同じスタイルの方がやりやすいです。でも、言葉からイメージを膨らますこともあります。
石丸さんは音楽の表現できる内容は「音楽」でしかないのだから、タイトルをつけるのは変だという考えも書かれています(前奏曲、即興曲の何番とかいうのはOKだそう)。
私も音楽で表現できるのは「音楽」なのだと思います。でも、タイトルがあってもいいじゃないのという考えです。大切なのは感動してもらえる曲かどうかということで、人間だって名前がその人のすべてを表しているわけじゃないし。