チェンバロ」カテゴリーアーカイブ

ピアノとチェンバロのサロンコンサート

先日、三橋桜子さんとパブロ・エスカンデさんご夫妻のサロンコンサートへ行ってきました。今回のコンサートはCD「Dolci」の発売記念コンサートで、昨年から少人数ずつ10回にわけて開催されました。昨年案内をいただいていたのですが、連絡ミスで行きそびれ、今回追加コンサートをされるというので、行かせていただきました。

「Dolci」(イタリア語でデザートという意味だそうです)はピアノ連弾のためのアンコール曲集で、23曲収録されています。聴いたことある有名な曲も多いのですが、連弾であること(パブロさんの編曲含む)、パブロさんのオリジナル曲も入っていること、あまり知られていない作曲家の曲もあることなど、やはり他では聞けない曲集になっていると思います。

コンサートは40分ほどでしたが、ピアノ連弾でCD収録曲、パブロさんの曲、ピアソラの曲など、チェンバロ連弾でバロック曲(ヴィバルディと、関西では恐らく初演と言われていた多分一般にはほとんど知られてない作曲家→忘れました)と10曲くらいだったでしょうか、とても濃い内容でした。お二人の息の合った演奏も素晴らしく、聴き入りました。

コンサートのあと、マテ茶と手作りクッキーをごちそうになり、その後、興味のある人たちが残ってチェンバロについて色々と教えていただいたりしました。
興味深かった点がいくつかあります。ピアノは昔作られた当初からはどんどん改良されていったわけですが、チェンバロは当時のままということ。弦をはじく部分の部品を自ら削って調整すること。上部鍵盤の位置をずらすとユニゾンで音が出ること(結果、大きな音が出せる。実際弾いてみて確認)、レバーの切り替えで弦を押さえて響きを変えられる(ピアノのペダルのような)、などなど。
そして一番驚いたのが、ピアノのように平均律だけではなく、音律を変えることができるということ。チェンバロは狂いやすくたびたび(コンサートの合間でも)調律をするということは、音律を変えることも容易ということなんでしょうか? 調性によってより美しく響く音律に合わせることができるのは、弦楽器や歌だと思っていましたが、鍵盤楽器でもそれが可能なわけですね(この辺りは少し専門的な話になりますね。過去に少し関連するような記事も書いていますが(「音律について少し」)、あまり詳しいわけでもなくうまく説明できないので、興味のある方は調べてくださいね)。

皆さんが帰られたあと、最後に私たち夫婦が残って桜子さん、パブロさんご家族と色々と話をしました。ゆっくりとお話をさせていただくのは何年かぶりで、楽しかったです。

帰って早速、家事をしつつ聴かせていただきました。短めの曲ばかりですが、盛りだくさんで聴きごたえあります。また何度もじっくり聴いてと楽しもうと思います。

曲目などこちらで詳細がご覧いただけます。https://amzn.to/3vMpQQM

「死と生」のコンサート

4月8日は、京都文化博物館別館ホールで行われた、三橋桜子さん、パブロ・エスカンデさんご夫妻主催のコンサートシリーズ、アンサンブル・コントラスタンテへ行ってきました。今回のテーマは「死と生」でした。
「死」というとなかなか重いテーマに感じますが、全体としてその対比としてある「生」が浮き立つような印象がありました。「生と死」ではなく「死と生」という語順にされたのも、「生」に光を当てようという意図があったのではと勝手に想像しています。

プログラムは以下のとおり

・ランベール 愛する人の影

・クープラン 2つのミュゼット (歌なし)

・モンテクレール ダイドーの死

・ヘンデル 調子の良い鍛冶屋(三橋桜子編曲) (歌なし)

・フローベルガー ブランシュロシュ氏の死に寄せる追悼曲 (歌なし)

・バッハ オルガンのためのトリオソナタ 第5番より ラルゴ (歌なし)

・パーセル 妖精の女王より「聞いて!風がこだましながら」 (歌なし)

・シューベルト リュートに寄せて

        ポロネーズニ短調 (歌なし)

        死と少女

・サンサーンス 死の舞踏 (歌なし)

・エスカンデ 5つの死の歌(イバルボウロウの詩による)
        高熱
        死
        死のヴォカリーズ
        船
        道

・フォーレ 組曲「ドリー」より子守唄 (歌なし)

・エスカンデ さくら(茨木のり子の詩による)

(バッハのラルゴは時間の関係で演奏されませんでした)

谷村由美子(ソプラノ)
三橋桜子(チェンバロ・オルガン・ピアノ)
パブロ・エスカンデ(オルガン・オッタビーノ・ピアノ)

お二人のコンサートのプログラムはいつもオリジナリティの高い、創意工夫の感じられるものばかりですが、その理由の一つは楽器の編成に合わせた編曲が多いというのがあるのではと思います。伴奏も連弾であったり、チェンバロとオルガンだったり、曲によって入れ替わって弾かれます。パブロさんが作曲家で演奏もこなされるので、かなり自由にできるのではないでしょうか?
例えば、サンサーンスの「死の舞踏」という曲は、元々オーケストラの曲ですが、ピアノとオルガン用に編曲され演奏されました。他ではなかなか聴けないと思います。かっこいい編曲、演奏でした。
また別の理由として、選曲が面白いというのもあると思います。今回もバロックから現代(パブロさん)まで幅広く、知らない曲が多かったです。
その中でまた聴いてみたいと思える曲が何曲かありました。例えばシューベルトの「リュートに寄せて」など。

そして、特に印象深かったのは「5つの死の歌」と「さくら」です。

「5つの死の歌」はウルグアイの詩人、イバルボウロウの詩でそれにインスパイアされてパブロさんが若いころに作ったということです。この曲を聴いていて、ピアソラを思い出しました。パブロさんはアルゼンチン出身のようなので、どこか似た感性があるのかなと思うことがあります。現代的な響きと哀愁を帯びた旋律に心動かされ、何度も心に波がおこり涙が出そうに。声が楽器のようになるヴォカリーズもいいなと改めて思いました。

そして「さくら」。これは詩人、茨木のり子の詩で、ソプラノの谷村さんがパブロさんに作曲を依頼、今回初めて公の場で演奏されるということでした。

この詩はなかなか強烈でした。

さくら

ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
先祖の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞だつせいでしょう
あでやかとも妖しいとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と

今回のテーマ、「死と生」について考えさせられる。死生観が表されていると感じる詩。
美しい音楽(ピアノ伴奏、歌声)とあいまって、迫ってきました。

谷村由美子さんの声は、ふくよかで柔らかい、けれど迫力もあり聴きごたえあるものでした。

終わって帰る前、お二人に挨拶しましたが、「すごくよかったです!」などとしか言い表せないことがもどかしかった。人が多くてゆっくりは話せなかったというのもあるのですが。
感じたこと、心に起こったことはそう簡単には言い表せない。せめて、帰って少しでもその時の感じを思い出せるようブログに書こうと思っていました。

書いてみるとやはり、難しい。

教会のバロックコンサート

昨日は久しぶりにクラシックのコンサートに行ってきました。最近は、案内をいただいたり、招待していただいたりしないと行っていない気がします(知り合いとか関係ある人とかが演奏する)。

今回は、1ヶ月ほど前に三橋桜子さん、パブロ・エスカンデさんご夫妻に案内をいただいた、「教会コンサートシリーズChiaroscuro ~光と影~」というタイトルのコンサートでした。お手紙によるとお二人でアンサンブル・コントラスタンテというグループを始められたということです。

前もどこかで書いていたと思いますが、何年か前パブロさんから音楽理論などのレッスンを受けていたことがあって、それから何度かコンサートにも行かせていただいています。

コントラスタンテとはコントラストのことかなと思ってますが、前半は聞いた感じオーソドックスな感じのバロック音楽(でも知らない曲ばかり)で、後半はネオ・バロックということでしたが、わりと最近の作曲家の新しい雰囲気も感じられる音楽でした(パブロさんの作品はこちら)。以前からお二人のコンサートは工夫を凝らしたプログラムばかりですが、今回もコントラストをつけて違いを楽しめるように考えられたんだろうなと思いました。

出演者は、パンフレット掲載順にパブロ・エスカンデさん(作曲・編曲・チェンバロ)、三橋桜子さん(チェンバロ)、中嶋俊晴さん(カウンター・テナー)、伊佐治道生さん(ヴァイオリン)、曽田健さん(チェロ)。皆さん素晴らしかったです!

プログラムの中で、ペルトという作曲家の「鏡の中の鏡」という曲が特に気になりました。シンプルなチェンバロの伴奏(三橋桜子さん)に、チェロがロングトーンのメロディをじっくり歌うという感じの曲です。全体的に音数が少ないのだけど、より印象付けられる感じがする。

最近私が作った曲で、シンプルな左手の伴奏に右手でゆったりとしたメロディをのせるというのがあって、それを弾いているうちに、これは弦で歌うといいだろうなと思って、友人のヴァイオリニストに今度ヴィオラで弾いてもらうことをお願いしました(とりあえずスタジオで合わせてみる)。比べるのはおこがましいかもしれませんが、構成と雰囲気はちょっとだけ似てるかもと思って、合わせてみた時のこともイメージしながら興味深く聴いていました。

パブロさんの作品、桜子さんとの連弾はかっこよかったです。パブロさんはアルゼンチン出身ですが、作品からどこかタンゴ??のリズム感があるのかなと感じることがあります。

今回も、凝った選曲、素敵な演奏、楽しいトークと、知らない曲ばかりでもとても楽しめました。パブロさんとも久々に少し話せたし、よかったです。

コンサート前から怪しい空模様だったけど……
前半、最後の曲、ヘンデルのオペラ「リチャード1世」より アリア ”激しい嵐に揺り動かされようと”の時、外では雷が鳴り、稲光がちかちか。偶然の演出に会場内もちょっとざわついていました。

 

 

お寺でバロック

日曜はパブロ・エスカンデさんと三橋桜子さんご夫妻からご案内いただいたコンサートに行ってきました。場所は京都市左京区の法然院。哲学の道の途中から東へ坂を上がって行った奥にあります。哲学の道へは時たま行くことがありますが、法然院は久しぶりです。山門がとても素敵。来月になれば、紅葉で人もたくさんでしょうが、夕方近くということもあってかそんなに多くはなかった。でもコンサートには多くの人が来られていました。

今回のコンサートは、初期バロックの作品ばかりで、お二人の他にバロックの演奏家が二人いっしょに演奏されました。チェンバロの他、バロックギター、テオルボ、コルネットなど初めて見たり聴いたりする楽器がありました。パブロさんがオランダから船で送ったという小さなパイプオルガンも。
お寺の本堂の真ん中にチェンバロがある光景はなかなか不思議な感じでした。他の部屋より天井が少し高く、端に向って少し丸みをもたせてあり、思っていたとおり、柔らかないい音がしていました。

今回演奏された初期バロックの作品は、作曲家も曲も知らないものばかり。でも、全体的に優しい音色、歌も含めた楽器の音の溶け合う美しさ、趣向をこらしたプログラム、知らない楽器への興味などからとても楽しめる内容でした。

近頃は、トークも充実しているとよりコンサートの満足度も高まる感じがしますが、今回も初期バロックの作品や楽器などについての説明がたくさんあって、おもしろかった。
バロック時代は即興演奏もさかんで、八分音符を三連符のように弾いていたということは本で読んだりしていました。そういう演奏も聴いたことあります。これは後のジャズのようですが、今回のお話でバロック時代の即興も何かインスピレーションを得て演奏するというよりも、たくさんのフレーズをストックしておいて演奏する時に引き出しからそれを取り出すというようなことを聞いて、そうか、ジャズもそうやって学習すると聞いたな、と思ったのでした。今回の演奏でも、即興演奏の部分があったようですが、もともとの曲を知らないので、どの部分がそうか、ちゃんとわかりませんでした。

休憩時間に、少しパブロさんと話せたので、最近ジャズを勉強しはじめたと言うと、すぐに何が言いたいかわかってくれたようでした。今日のコンサートとの接点。初期バロック作品はより自由な感じがする(クラシック音楽の中で)ということについて共感できました(夫も)。

コンサートの始めに、住職の法話みたいなのが少しあって、仏教は宗派が違ってもそれを認め合う寛容さがあり、それは大切なことであり、日本のお寺でヨーロッパの音楽が演奏されるのも意義深いことであるというようなことをおっしゃってました(おおざっぱな記憶ですが)。
お寺でバロックは、期待通り、いやそれ以上に素敵でした。

ラ・フォル・ジュルネびわ湖2016へ

今日は母とラ・フォル・ジュルネびわ湖へ行ってきました。1週間ほど前に急に行くことになって、昼間のオーケストラのコンサートはすでに売り切れていて、残席わずかのレ・パラダンのフレンチバロックコンサートのチケットを予約しました。
ホールに到着した時は、メインロビーでシマノフスキの「神話:3つの詩」という曲がヴァイオリンとピアノで演奏されていました。すでに多くの人が集まって聴き入っていました。
この場所での演奏は、横の喫茶コーナーから食器の音が聞こえたり、子どもたちが走ってたりするわけですが、その気楽さがいいなと思います。生音の迫力、魅力は多少の雑音には負けませんね。
これを聴き終わってしばらくして、予約していたコンサートのホールへ向かいました。

楽器はチェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバとオルガン。そして歌。チェンバロ奏者はとても軽やかに奏でていましたが、あの楽器は一度弾いたからわかるけど、ピアノと音の出る仕組みが全然違って、鍵盤を押すとお琴みたいに弦がはじかれて音がでるから、鍵盤を押したときに引っかかった感じがしてとても弾きにくく、ピアノを弾くようには弾けない!ということを母に説明しました。
私の横には小さな男の子がいて、その横にその子のお母さんが座っていました。男の子はコンサートが始まる前からそわそわしていて、始まってからも落着きがなく、大丈夫かなと思っているとしばらくしてお母さんが男の子を抱っこしました。すると、とてもおとなしくなって、ちらっと見るととても安らかな顔ですっかりお母さんに体をあずけています。音楽もよかったですが、なんかそのほのぼのした様子にじーんときました。お母さんも普段はなかなか何もせずにじーっと抱っこしている機会はあまりないかもしれないし、親子にとっていい時間なんじゃないかなと勝手に思っていました。ラ・フォル・ジュルネの良いことのひとつは小さな子を連れてこられることでしょうね。お金を使わなくても、メインロビーのコンサートだけでも楽しめる。お子さんに生音を聴かせてあげるいい機会だと思います。
前回来たのは2年前ですが、久々に来てやはりいい音楽祭だなと思いました。

日本テレマン協会の「福袋コンサート」

最近、作曲とImprovisation(即興)の関係についてあれこれ考えているさなかですが、今日はパブロ・エスカンデさんからお招きいただいたコンサートに行ってクラシック音楽を楽しんできました。日本テレマン協会のマンスリーコンサート(室内楽)ですが、今日のタイトルは「New Year’s Gift 福袋コンサート」でした。さすがパブロさんらしく、テレマンからクライスラーまで変化に富んだ楽しいプログラムでした。

ゲストのソプラノが歌われた、ヨハン・シュトラウス二世の「春の声」の演奏はワルツのリズムにとてもわくわくしたし、クライスラーの「プレリュードとアレグロ」は大好きな曲で、生で聴けてやったーという感じでした。素晴らしい演奏でした。
これらの曲は花があるというか、気持ちが高揚しますね。静かな曲が心を安らかにするのに対して対照的で、どちらも音楽の素晴らしいところだと思います。
パブロさんは前半はチェンバロ、後半はピアノ伴奏でしたが、本当に何でも弾かれるしいつもすごいなと思います。
そうやって聴きながら、いつも自分の音楽についても考えています。いい刺激となります。

サロンでイタリアンバロック

昨日の夜は、淀屋橋の大阪倶楽部で行われた、日本テレマン協会のサロンコンサートへ行ってきました。今回のタイトルは『リコーダーとバスで辿る…イタリア・バロックの系譜』というもので、このコンサートの音楽アドバイザーのパブロ・エスカンデさんからお知らせいただいていました。パブロさんは今回はずっとチェンバロでした。

出発する直前に夫の仕事の電話が長引いて、7時の開演に10分ほど遅れてしまいました。到着するとサロンの扉2か所が開け放たれホールの外のロビーに椅子が並べられていて、中に入りきれないお客さんがそこに座っていました。私たちは最後尾に椅子を用意していただいて座りました。大きなコンサートホールなどではあり得ないことですよね(笑)。でもその柔軟な感じがいいです。音がやや聞こえにくかったですが、まわりが広々していて雰囲気も良く十分快適でした。そして出演者は私たちの座っているすぐ近くで待機していて、パブロさんとも前半が終わった後とコンサート終了後すぐに話すことができました。

前回のテレマン協会のコンサートは、トルコがテーマでしたが、パブロさんの選曲や編曲はオリジナリティが感じられてとても楽しめます。昨日はヴィバルディ、コレッリ、スカルラッティの曲でしたが、リコーダーとバスが主役でほとんど知らない曲ばかりでした。
ディレクターの延原武春さんはトークがとてもおもしろく演奏者を巻き込んで笑いを誘うのですが、実はとても大事なことではと最近思います。トークが楽しいと場が和みます。演奏者も聴衆もとてもリラックスしたムードの中で音楽を楽しめる。

昨日の朝のコンサートで私もマイクを用意していただいたのですが、もっとうまくしゃべれるようになりたいなと思っています。普段知らない人でも平気で話しかけられるくらいですが、多くの人の前でしゃべる時は誰に向ってしゃべっているのかわからない妙な感覚になります。でも曲や作曲家のエピソードなど紹介して知らない曲でも興味をもっていただき、なごやかな雰囲気の中で聴いていただきたいというのが私の思いです。そのためにはトークの技術も磨かねば!(笑)

初チェンバロ!

今日は左京区松ヶ崎の松雲荘というところで行われた、パブロ・エスカンデさんと三橋桜子さんご夫妻のチェンバロコンサートに行ってきました。
チェンバロを聴くのは2回目です。1回目は大阪のいずみホールで行われた久元祐子さんのレクチャーコンサートです(モーツァルトの)。その時は、チェンバロの他フォルテピアノ、現代のピアノと並べられ、作品の時代に合わせて弾き比べのような感じで演奏されました。その時はフォルテピアノがとても興味深く感じられ、チェンバロについては少ししか弾かれなかったこともあってか、あまり印象に残っていませんでした。
今日改めて聴いてみて、ペダルは無い代わりにとても音が長く残る楽器だなと思いました。部屋は普通の和室だというのに。特に連弾で弾かれると、たくさんの音が心地よく響きます。

帰ってから調べたんですが、チェンバロはピアノに比べてはるかに多くの倍音を含んでいるんですね。それが響きの豊かさの理由だったのかな。この感じはCDなどではわかりにくいですね。なんとなく乾いたような音に聞こえてしまう。
プログラムは、前半はバロックのフランスの作曲家の作品がメインでしたが、知らない作曲家ばかり。後半はバッハ。アンコールに桜子さんが弾かれたパブロさん作曲の現代風曲は、音源だけ聞けばチェンバロとはわからないのではと思えるくらい全く違った音に聞こえるのでとても不思議でした。
今回も選曲、演奏とも独自性があってとても聴きごたえのある素晴らしいコンサートでした。

終わってから、桜子さんが弾いてみてと言ってくださるので、好奇心いっぱいで少し弾かせていただきました。最初はモーツァルトのトルコ行進曲の最初の方を弾いて、思っていた以上に弾きにくいと思いましたが、さらにゆっくりの曲を弾いてみると、ものすごく弾きにくい。チェンバロは弦がはじかれて音が出る楽器なので(お琴みたい)、鍵盤を抑えるたびに何かひっかかる感じがするんですね。それで鍵盤が上がってくるタイミングがはかりにくい。早いテンポの曲だとある程度勢いがあるのでひっかかりがまだ少ない感じがするけど、ゆっくりの曲だともうひっかかりまくってるような。ピアノを弾くのとはずいぶんとタッチを変えないとうまくいかないことがわかりました。お二人はこんな弾きにくい楽器を弾かれてたんだ! これは弾いてみないとわからないことでした。

チェンバロは倍音が豊かで強弱の表現があまりできない楽器ですが、それがその後フォルテピアノなど色々な過程を経て現代のピアノに至っていることを思い、何か感慨深いものがありました。
いつか弾いてみたいと思っていたチェンバロに触れられてとてもうれしかったですが、帰ってからピアノを弾いて、ああ弾きやすいなと思ったのでした(笑)。