月別アーカイブ: 2015年7月

命名のタイミングは?

伊福部昭公式ホームページの中の石丸基司さんのエッセイで、伊福部昭の弟子、芥川也寸志が曲のタイトルは

「自分の赤子の顔を見ないと命名が出来ないのだから、脱稿してからの命名する」

と語ったことを紹介しています。
私は自分の子の名前をおなかの中にいる時に考えていましたが(笑)、曲に関しては芥川也寸志と同じスタイルの方がやりやすいです。でも、言葉からイメージを膨らますこともあります。
石丸さんは音楽の表現できる内容は「音楽」でしかないのだから、タイトルをつけるのは変だという考えも書かれています(前奏曲、即興曲の何番とかいうのはOKだそう)。
私も音楽で表現できるのは「音楽」なのだと思います。でも、タイトルがあってもいいじゃないのという考えです。大切なのは感動してもらえる曲かどうかということで、人間だって名前がその人のすべてを表しているわけじゃないし。

建築と音楽 その1

夫は建築設計をやってますから、建築と音楽についての話をたまにします。
町家の改修の仕事もあるのと、かつて私たちも町家に住んだことがあるので、古い家のあり方についてもたまに。
町家の改修に携わっている専門家は、古いものを忠実に再現することにより価値を置く人と、現代の生活によりふさわしいやり方で古いものを今に生かすという考え方の人と大きく二つにわかれるようです。
その話をしていて、バッハやモーツァルトを今のピアノで弾く場合、昔の楽器で弾いていたように弾くべきかどうかという話がたまにあるなと思い出しました。
私が知ったピアニストたちの意見は大方、今のピアノを生かして美しく演奏すべきだ、のようです。私もそう思います。

ホームコンサート

今日は、オカリナKさんの知り合いのおうちで行われたホームコンサートで演奏させていただきました。
大きなおうちで、30人くらいは来られていたように思います。皆さんお茶を飲んだりお菓子を食べながらなごやかな雰囲気で、でも静かに鑑賞してくださいました。
アンサンブル曲のうち2曲以外とソロは自分の作・編曲の曲で。コンサート始まる前のBGMも勝手に自分の曲を静かに弾いていました(笑)。
こういうスタイルのコンサートは好きですね。

彼らは独学だった

坂本龍一さんの『音楽は自由にする』(新潮社)という本を読んでいます。自伝のような内容で、幼稚園時代から始まります。
坂本さんが大学を卒業した後、YMOを始める前、山下達郎、細野晴臣、矢野顕子と次々と知り合う中で、彼らの音楽を聴いて当然自分と同じようにクラシックベースの音楽理論を学んだ上であのような洗練された音楽を作っていると思ったら、そんな勉強はあまりしていないということで、たいそう驚いたということです。

「つまり、ぼくが系統だててつかんできた言語と、彼らが独学で得た言語というのは、ほとんど同じ言葉だったんです。勉強の仕方は違っても。だから、ぼくらは出会ったときには、もう最初から、同じ言葉でしゃべることができた。これはすごいぞと思いました。」

興味深い話で、この部分をピックアップしてみましたが、その他にもおもしろいことがたくさん書かれています。この後ますます面白そうです。

 

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