Facebook Music とは?

私は自分の曲をTuneCoreという音楽配信代行サービスの会社を通して、Apple MusicやSpotify等、50以上の音楽配信サイトからダウンロード販売及びストリーミング配信しています(TuneCoreのアーティストページはこちらです)。毎月、TuneCoreのレポートで自分の音楽がどれくらい聴かれたか、集計した結果が見られます。各ストアのダウンロード・ストリーミング配信レポートとは別枠でBGMとして使われた実績がわかる「TikTok」「YouTube収益化」「Facebook Music」などがあります。この中でFacebook Musicというのが何なのか、あまりわかっていませんでした。

9月末のレポートを見ると、Facebook Musicでの再生数が26万を超えていました(262,012回)。これまで見たこともない桁違いの数字です。そのほとんどが今年出したアルバム「MESSAGE FOR YOU」に収録している「思い出ばなし(Good Old Story)」です(261,982回)。なぜこの曲がバズったのか? さすがに気になり過ぎてFacebook Musicが何なのか改めて調べてみました。

検索するとTuneCoreのサイト内の説明が出てきました。

「Facebook Musicプロダクト」とは、Facebookが運営するアプリ/サービスである。Facebook(フェイスブック)やInstagram(インスタグラム)などに、楽曲を登録することが可能となるサービスです。登録されたあなたの楽曲は、世界中のFacebookやInstagramのユーザーが音楽スタンプ、独自の動画、プロフィール、Oculus Roomsにて「使用」することが可能になり、大きなプロモーション効果が期待できます。

詳細レポートを見ると、再生されている国は100か国! そのうちトルコで24万回以上再生されています。レポートを見ても、音楽スタンプ、独自の動画、プロフィール、Oculus Roomsのどれに使われているのかわかりません。またいくつのコンテンツに対して使われたのかもわかりません。バズったのはインスタではないというのはわかりました。

ずらーっと並んだ国の名前を見ていて、Facebookのすそ野の広さを実感しました。確かにプロモーション効果はあるかもしれません。

TikTokの場合は、どんな動画に使われたのか確かめることができますが、FacebookもInstagramもやっていないので、確かめられるのかどうかもわかりません。

それでも、このレポートを見てちょっとモチベーション上がりました。単純です(笑)。世界の国々の知らない多くの人たちの耳に自分の音楽が届いていると考えるとワクワクします。とても不思議な気持ちになります。
ストリーミングも海外で聴かれていますが、今のところ日本の方がはるかに多いです。

次のアルバムを出せるのはいつになるのか、全く未定ですが、やはりまた曲を作っていきたい気持ちです。単純です(笑)。

歌のイベント

11月に開催するイベントのご案内です。

現在、アンサンブル サウンドドレスという演奏者のグループと一緒に歌のイベントの企画をしています。企画内容は、私が提案したものをベースにしてもらっています。

内容は7月にうちのeasy roomでやった「詩を味わいながら歌う会」に近いものです。この時は参加者にピアノ伴奏で歌ってもらいましたが、今回は歌手に来ていただき、またグループのメンバーがヴァイオリンを弾き、それに合わせて歌っていただくというものです(歌手が歌うので聴くだけもありです)。

歌とヴァイオリンとピアノの構成で、今編曲をしています。合わせ練習はまだ先になりますが、初めての試みで楽しみです。世代を問わず、参加していただけるとうれしいです。

グループの代表にチラシも作っていただきました。よいイベントになるよう準備をすすめます。

ブライアン・イーノ ・アンビエント・キョウト

BRIAN ENO AMBIENT KYOTO  (ブライアン・イーノ ・アンビエント・キョウト)へ行ってきました。
ブライアン・イーノ(イングランド出身の音楽家で、アンビエント・ミュージック(環境音楽)の創始者)の音楽はこれまでたまにネットで聴くくらいでしたが、今回はインスタレーション(観客参加型の芸術作品)でしたので、また違った印象を受けるだろうと期待して行きました。

最初に入った部屋は「The Ship」

室内は暗い。人影は見えるけど顔はあまりわからない。そこはスピーカーから流れる、重厚で普段はあまり耳にすることがない音楽で満ちている。音に包まれるようなとても不思議な感覚です。実際音は振動であり、体に直接響いてくるものですが、視覚がほぼ遮断されることによって音波により意識が向くのかもしれない。

人によって受け止め方は違うと思いますが、この非日常な状況は、人々を瞑想にいざなうような雰囲気です。しばらく座って聴いていると、考えることをやめ(あまり意味がない気がしてくる)、感じる方へと心がシフトしていくよう。
どう感じたか? 言葉では表せませんね。まさに、心がニュートラルになる瞑想状態に近い体験していたのではと思えます。

次の部屋は「Face to Face」

今度は部屋の正面に大きなスクリーンがあり、3人の顔が並んでいる。すごいインパクト。音楽も流れているけれど、さっきの部屋にいる時と比べたちまち目の前のヴィジュアルに意識が向く。しばらく眺めていると3人の顔が少しずつじわじわと変わっていく。女性が男性になったり、若い人が高齢者になったり、人種が入れ替わったりを繰り返す。その変化に気を取られ、音は聞こえているけれど、あ、今聴いてなかったとたびたび意識する。
やはり、聴覚は視覚にはかなわないと実感。顔そのものも訴える力が大きいと思いますが、微妙に変化する瞬間瞬間にどうしても意識が向いてしまう。あらがえない。

次の作品の前にラウンジをのぞく。

ここはちょっとした休憩所のようでしたが、こんなディスプレイも。

次が「Light Boxes」

今度は光の作品。顔の作品に比べると、そこまで主張が強くなく、今度は音楽とのバランスをとりながら鑑賞できました。

光の色は流れ続ける音楽と共にずっと変化し続けます。この部屋でも心をニュートラルな状態にできそうですが、やはり見ることにほとんど意識が向かない最初の部屋にはかなわない。
例えば、黄色くなった、紫に変わったなどとどこかで思ってしまっていのではないか?

最後に入ったのが「Million Paintings」
このイベントのメインではと思います。

入り口の注意書きに、寝入っている人がいたら声をかけますというようなことが書かれていました。部屋は天井が高く、正面に大きなディスプレイがあり、柔らかいソファがいくつか置かれていて、人々がそこにゆったりと体を預けて鑑賞しています。確かにこの状況であれば寝てしまっても仕方ない。


私たちもソファに腰かけ、体にじわじわ音楽を感じながら絶え間なく変化する映像を眺める。背もたれによりかかろうとすると体を半分寝かすような状態になり、私は多分寝てしまうので(笑)、もたれかからずに座っていました(大人になってから何度か行ったプラネタリウムではほぼ毎回途中で睡魔に負ける(笑))。

アンビエント・ミュージックについて、イベントのサイトには次のように書かれています。

興味深く聞くことも、ただ聞き流すことも、無視することもできるというリスナー主体の、あらゆる聞き方を受容する

終わりのない音楽と映像だから、どれだけ鑑賞するかは鑑賞する側が決めることになる。受け身である鑑賞者が主体的に鑑賞を終える瞬間を決断する。ある人は5分かもしれない。ある人は30分かもしれない。それぞれが作品に寄せる関心も感じ方さまざまであるだろうし、鑑賞していたい時間も違う。用意された環境の中で、鑑賞者が主体的にふるまう自由さというのが、このインスタレーションの魅力の一つではないだろうかと思います。

こういう音楽や映像作品が好きかどうかということではなく、アンビエント・ミュージックとビジュアル作品が作り出す特殊な空間が人にどのような影響を与えるのか、何を呼び覚ますのか、そんなことがとても気になりました。

会場にブライアン・イーノ自身の言葉もありました。

ありきたりな日常を手放し、別の世界に身を委ねることで、自分の想像力を自由に発揮することができるのです

元々、音楽の双方向性というのは私にとって関心の高いテーマですが、今回の体験は今後の活動の参考になりそうだと感じています。

アンビエント・ミュージック(環境音楽)について少し (過去の記事です)

夏の信州

先日、信州旅行へ行ってきました。昨年秋にも信州の松本、安曇野、白馬あたりを旅しましたが、やはり、緑や花が美しい夏にまた行きたいと思っていました。

今回は蓼科高原に宿をとり、そこから色々な所を訪れました。

旅行で撮った写真でYouTube用の動画(スライドショー)を作ろうと思っていたので、帰ってから早速作りました。けっこうたくさん撮ったつもりですが、実際動画に使うのに選ぼうと思うと案外使えない写真もたくさんあって写真選びに手間取りました。

動画の音楽は6月に出したアルバム「MESSAGE FOR YOU」に収録している9曲です。

よかったらご覧ください。

撮影地:美ヶ原高原、霧ヶ峰高原、八ヶ岳自然文化園、御泉水自然園等

撮影地:蓼科湖

撮影地:ビーナスライン

撮影地:御泉水自然園

撮影地:八ヶ岳自然文化園

撮影地:美ヶ原高原

撮影地:長門牧場

撮影地:蓼科湖、蓼科高原芸術の森彫刻公園

撮影地:白樺湖、蓼科第二牧場、尖石縄文考古館、御射鹿池

阿波踊り!

なぜか阿波踊りの動画がYouTubeのおすすめに出てきたので観てみました。阿波踊りは昔テレビか何かでちょっと見かけたくらいの程度しか知らなかったのですが、観てみるとなんかすごい。ワクワクしました。

13分くらいの動画で、最初三味線、笛、太鼓と行進してきて、通路の両端に分かれて演奏を続け、5分過ぎたあたりから踊り子たちが進んできます。

動画の概要から引用します。

00:00 オープニング:レレレの連(Opening: Rerere-No-Ren)

00:33 鳴り物・三味線 (Musical instruments: Shamisen)

02:01 鳴り物・笛 (Musical instruments: Transverse flute)

03:07 鳴り物・太鼓 (Musical instruments: Drum)

05:03 女踊り (Women’s dance)

10:00 ちびっこ (Children’s dance)

10:23 男踊り (Men’s dance)

12:50 鳴り物・鉦 (Musical instruments: Small gong)

すごい数の踊り子たち。千人以上はいそう。特に女踊りはしなやかだけれど、迫力あります。

これを観て改めて思ったのは、日本にもこんなに素晴らしい踊りの文化があるのだということです。みんなで揃えて踊る様子を見て、これが今のアイドルグループが大人数で踊るのにつながっていたりしてと想像しました。

阿波踊りの歴史は400年以上あるそうです。

江戸時代には、踊りの熱狂が一揆につながることを懸念した徳島藩から何度も踊りの禁止令が出された。特に、武士が庶民の阿波おどりに加わることなど論外で、1841年(天保12年)には徳島藩の中老・蜂須賀一角が踊りに加わり、乱心であると座敷牢に幽閉された記録も残っている。しかし、阿波っ子たちの心に流れる阿波おどりを完全に絶やすことはできなかった。

阿波おどり会館

昔から権力者が恐れるほどの熱気があったのですね。庶民の間に政治に対する不満がたまっていて、それがよりエネルギーを生んだのかもしれませんね。大勢で踊るとテンションが上がってきて、より熱くなるでしょう。

子どもの頃から音楽も踊りも、ほぼ西洋的なものばかりに接してきましたが(日本ではそれが普通ですよね?)、最近になって日本の伝統芸能も気になってきました。歌舞伎や能のようなものもいいのですが、庶民の間で継承されている芸能にも興味そそられます。特別な人たちが行うパフォーマンスではなく、子どもたちも含む無名の庶民が参加するパフォーマンス。音楽も踊りも元々そういうものではないでしょうか。

富山の「おわら風の盆」も今回阿波踊りの動画を観た後に知りました。

こちらは阿波踊りに比べるとしっとりと静かな音楽と踊りです。日本にはまだまだ私が知らない伝統的な音楽や踊りがあるんだなあと、今頃思っています。

西洋音楽(やそれをベースにした音楽)は今ではすっかり世界の多くの人々が共有している音楽と言えると思いますが、地域の音楽や踊りはそこに暮らす人々によって支えられている希少な文化であると思います。一部の人たちがずっと受け継いできているから、古くからそれがあったことを知ることができる。継ぐ人がいないから消えていった文化は世界中にたくさんあるのではないでしょうか。

半月ほど前、寺町通三条上ったところの其中堂(仏教書専門店)の店頭(仏教書以外のジャンルの本が少し置かれている)で日本の音楽のルーツや種類について細かく書かれた専門的な本を見つけたのですが、迷った末、特に必要ないかと思い買いませんでした。その後、阿波踊りの動画を観て少し気持ちが変わり、先日、其中堂の前を通りかかった時、やはり買っておこうと思って見てみるともうありませんでした。古本は偶然の出会いですから、もう二度と巡り合うことはないでしょう。ちょっと後悔しました。また似たような本を探してみます。前から気になっていたものの、まだほとんど知らない民族音楽学者の小泉 文夫さんの本もまた読んでみたいです。

元々民族などに関係なく人が共通して持っている音楽性には興味がありますが、そこからどのように各地域独特の音楽や踊りがうまれたのか、興味深いです。

詩を味わいながら歌う会

今日はうちのeasy room ピアノ室で「詩を味わいながら歌う会」をやりました。部屋が狭いので定員6人にしていましたが、友だちとその他2人の計3人来てくれました。

先日、「椰子の実」についてブログ書きましたが、古い歌の詩は自然の表現が豊かで、歌い継いでいってほしいという思いをずっと持っています。今回この企画をやろうと思った直接のきっかけは、児童館の若い職員さんが「夏の思い出」を知らないと知ったことです。自分にとってはポピュラーな曲と思っていただけに、これはまずいなと思いました。

今回、夏にちなんだ曲を意識して選曲してみました。

曲目は

・夏の思い出

・ゆりかごのうた

・茶摘

・夏は来ぬ

・あかとんぼ

・たなばたさま

・うみ

・夕焼小焼

・浜辺の歌

です。

みんな福祉関係の仕事をしているけれど、歌う機会はないということでした。最初は声出ない、歌えないと言っていましたが、ちゃんと歌っていました(笑)。曲は全部知っている。

「夏の思い出」に出てくる「尾瀬、水芭蕉」、「茶摘み」に出てくる「あかねだすき、スゲの笠」、「夏は来ぬ」に出てくる「卯の花、楝(センダンの木)、水鶏(ヒクイナという鳥)」はイメージしやすいように画像を用意しておきました。

この中で特に「夏は来ぬ」(=夏が来た)が言葉が古く難しいのですが、みんなこれまであまり深く考えたことなかったと。私もあまり知らなかったので調べてみて、新しい言葉をいくつも覚えました。夏が来たことを表す自然の言葉を知って歌うと、さらに味わいがある。

夏は来ぬ 作詞:佐佐木信綱 作曲:小山作之助

1 卯の花の匂う垣根に、時鳥(ホトトギス)
  早も来鳴きて、忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ

2 さみだれの注ぐ山田に、早乙女(さおとめ)が
  裳裾(もすそ)ぬらして、玉苗植うる 夏は来ぬ

3 橘(たちばな)の薫る軒場(のきば)の窓近く
  蛍とびかい、おこたり諫(いさ)むる 夏は来ぬ

4 楝(おうち)ちる川辺の宿の門(かど)遠く、
  水鶏(くいな)声して、夕月(ゆうづき)すずしき 夏は来ぬ

5 五月やみ、蛍飛びかい、水鶏(くいな)なき、
  卯の花咲きて、早苗植えわたす 夏は来ぬ

  卯の花:ウツギ 卯月(4月)に咲くから
  忍音:その年に初めて聞かれるホトトギスの鳴き声
  さみだれ(五月雨:旧暦の5月頃に降る雨)
  山田:山間にある田
  早乙女:田植えをする若い女性
  裳裾:着物の裾
  玉苗:早苗 稲の苗
  蛍とびかい、おこたり諫むる:中国の故事「蛍雪の功」から、なまけずに勉強に励み
                なさいといさめるように蛍が飛んでいる様子
  楝(おうち):センダンの木
  水鶏(くいな):ヒクイナ?
  五月やみ:5月の雨が降る頃の夜の暗さ

でも、卯の花とか五月雨とか、夏というより春から初夏という感じでしょうか。

「椰子の実」もやりたかったのですが、もし知らなかったら少し歌いにくい歌かなと思って今回は入れませんでした。

これらの歌は知ってても歌うこともないし、普段は忘れてるし、思い浮かべることもないと思いますが、改めて歌ってみて、みなさん、いい歌ねとしみじみと感じ入っていました。みんなと一緒なら、イベントとして歌えてしまう。そこがいいと思っています。歌い継いでほしいという私の思いも共感してもらえたようです。

合間に、日本の音楽・西洋音楽の話、生ピアノの特性などの話をしたり、最後にリクエストを受け演奏したり、お茶もしたりして楽しくなごやかな会になりました。次もまたやりましょうという話になりました。

なんとか、少しでもみなさんが歌う機会を作っていきたいです。

たまたま見つけた動画ですが、現代風なアレンジで歌われることによって、今の若い世代にも受け入れられるといいなと思います。

久々のアルバムです

「MESSAGE FOR YOU」というアルバムを出しました。自宅録音2枚目のアルバムです。
前回のアルバムの録音についても2年前ブログに書きましたが、とにかく初めてでわからないことだらけの上、ピアノの打鍵時に謎のノイズが入ったり、マイクの種類が左右違ったりと、問題の多い中で挑戦しました。何とか自分でミックス・マスタリング(と言えるかどうか?)までして出したものの、結局プロのエンジニアさんにリマスタリングしていただき、同じ内容のものをすぐ後に出しました。

その後、ノイズを取り除くためピアノを修理、マイクもアドバイスをいただき買い直し(手元に届くまで何か月もかかり)ようやく今年4月末に録音に入り、本日2年ぶりにリリースできました。

今回もミックス・マスタリングはHybrid Sound Reformさんにお願いしました。数日前、マスター音源ができて、それを聴いていると、録音時の音源では気づかなかったことに色々と気づいて、また録音し直したくなりました(笑)。実際、「録音して聴いて直す」の繰り返しは練習になるので少しずつ良くなるのですが、まあきりがない(笑)。

2017年よりこれまで合計9枚のアルバムを出してきました。録り直して新しいアルバムに入れたという曲も何曲もあるし(今回も)、スタジオで録った後、選曲して削ってミニアルバムになってしまったものなどもあります。いつも、中途半端な出来だと思いつつ(理性では)、何かとにかく前へ進んでいくという本能のようなものに押される感じで出してきています(笑)。最初のアルバム「LIKE A GENTLE VOICE」、自分で全部仕上げた「imaginary world」はTuneCoreからの配信はやめています。また、リマスタリングしていただいたものの元の音源に色々と問題があったことが気になっていた「imaginary world (remastered version)」もまもなく配信終了します。bandcampにはすべて上げています。

常に、これは「過程」なのだと自分に言いつつ、また次へ向かってゴーです(アルバムを出すかどうかは未定です)。

TuneCoreはこちら(Apple Music等音楽サブスクリプションサービスを利用されている方へ)

bandcampはこちら(どなたでもお聴きになれます)

興味ある方、よかったらお聴きください。

椰子の実

「椰子(ヤシ)の実」という曲をご存知でしょうか?
日本の古い歌です。詩は島崎藤村で、のちに大中寅二が曲をつけたということです。
実は私もメロディをぼんやりとしか知らなくて、改めて聴いたりその背景を知って少し興味を持ちました。

言葉や表現が古くて少しわかりにくいですが、現代の歌手が歌えばより親しみやすく、改めていい歌だなと思いました。

この詩が書かれたのは明治時代。
民俗学者の柳田國男が学生だった頃、旅先の愛知県、伊良湖畔の砂浜で、流れ着いた椰子の実を見つけた。友人の島崎藤村がその話を聞き、そこから着想を得、「椰子の実」という詩を書いたということです。

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)
海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷の涙

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん

こちらのサイトより引用しました。意味も書かれています。

昭和になって、世の中のムードが悪くなっていた頃、明るい歌をということで国民歌謡が作られ始め、そのうちの一曲「椰子の実」を大中寅二が作曲したということです。
ところが、この歌はその後太平洋戦争で南方の島に赴いていた兵隊たちによく歌われていたというのです(参考記事)。
そう思ってこの詩を改めて読むと、泣けてきます。切ない。帰りたいけど帰れないというどうしようもない思いを託せる歌だったのかもしれません。

日本の古い歌には、自然や心の機微を表現した文化的、文学的価値があるものも少なくないですね。昔々から、日本人は自然に自分の気持ちを重ね、自然を通して内面を表現することに長けていると感じます。現代人が失いかねない感性が詩の中に生きているような気がします。詩に込められた思いが歌によって未来の世代に受け継がれるといいなと思っています。


こちらの本も参照しています。

ロシアン奏法 あれから

アトリエ松田で松田先生にロシアン奏法を教わり始めてから1年以上たちました(ロシアン奏法を学びます)。

以前にも書いているかもしれませんが、松田先生の鍵盤タッチの方法は、私が子どもの頃から含めそれまで教わったことのある先生方の方法とはかなり違います。

弱い音から強い音までの強弱のグラデーションということよりも、一音一音の音の響かせ方の違いに重点を置いているという感じです。出したい音に合わせ鍵盤のタッチをどう変えるかをかなり意識する必要があります。

2~3週間に一度くらいのレッスンですから、回数は多くないのですが、少しずつは身についてるかなと思うこともあれば、そうでもないかなと思うこともあります。無意識に弾いてしまうと、以前の弾き方に戻ってしまいます。以前の弾き方と今教わっている弾き方に接点がないわけではないのですが、まだまだ新しい弾き方が無意識にできる次元ではありません。

鍵盤は押せば音が出る楽器なので、電子ピアノでも生ピアノでも同じように思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、その押し方によって音の表情がかなり変わるのが生楽器の難しいところであり、奥深い所です。

先生の言われていることを理解はできても、そのとおりやるのは本当に難しい。先生の弾き方を真似しても同じような音がなかなか出ない。正直モチベーション下がることもあります。あまり難しく考えず普通に弾ければいいという思いもどこかにありますが、それでもピアノからよりよい音を出せるようになるというのはやはり魅力的なことです。あきらめるのはまだ早い(笑)。

とりあえず、気長にやるのがいいのでしょう。

通信の授業受けています

今年度から、京都橘大学の通信で心理学の勉強をしています。正科生、コース履修、科目履修という選択がありますが、授業に費やせる時間を考え、科目履修にしました。

心理学の科目はかなり幅広く、臨床心理学、発達心理学、認知心理学、社会心理学、教育心理学、言語心理学など、関心のあるものが多く、科目を絞るのにずいぶん時間がかかりました。シラバスを見比べたり、問い合わせたりして、発達心理学、社会心理学、認知心理学あたりで最後まで悩みました。

前期後期2科目ずつにするか1科目ずつにするかもかなり迷いましたが、学習時間がどれくらい必要か読めず、結局、前期1科目(発達心理学Ⅰ)、後期1科目(発達心理学Ⅱ)にしました(実際始めてみて正解だったと思います)。


結局発達心理学にしたのは、これまで児童館・保育所で音楽活動や子育て講座をさせていただいたり、高齢者の施設で演奏させていただいたり、自分の活動に一番関連があるかなと思ったというのがあります。全然違う世代の心の状態というのが気になっていました。

認知心理学は、私がずっと関心を持っている「音楽と心の関係」に関連があるのではと思いましたが、シラバスを見ていると感覚機能の一つとして「聴覚」が少し扱われている程度のようでしたので、授業の中では特に接点はないかと思いました。

社会心理学は、様々な社会問題にも強い関心があるので、心理学からの視点で学んでみたいと思いました。

来年はどうするかまだわかりませんが、とりあえず今年度、授業では発達心理学を学びます。


通信の授業は動画で観るメディア授業と、テキストを読むテキスト授業で構成されています。メディア授業では文字も表示されますが、それと併せて先生が言われたことをノートに書きます。そのため、しょっちゅう動画を止めます(ちなみに、愛用している筆記用具は消せる便利なフリクションボールペンと赤鉛筆です)。
動画の授業は、流れについていけない時はいつでも止められ、何度も観ることができ、まとまった時間がとれなくても好きな時に好きなだけ取り組めるといった利点があります。

大学の授業を受けるのは、何十年ぶりですが、全く心持ちが違うことを感じます。若いころは単に受け身で、なんとなく勉強をしていたのに比べ、何を学ぼうとしているのか、自分が知りたかったことが得られるか、新しい気づきは何か、社会との接点はどこにあるのか、などと考えつつ、とても能動的に取り組んでいます。

授業内容の中には、これまですでに読んだ本で出てきた内容もちらほらありますが、さらにより深く掘り下げるという点で、手ごたえを感じています。ただ、今の時点で前期の三分の一ほど学びましたが、学べることは限定的であると感じています。時間から考えれば当然です。これはあくまで今後また自分が学んでいく上の土台作りのようなものだと思っています。

始めてみるまで、どう感じるかわからない部分もありましたが、なかなか面白いと思っています。社会に出て、様々な経験を積んで、そこからまた学んでみると、積み上げてきた経験、知識、考えと照らし合わせて考えることができるということを実感します。特に心理学は心の学問だから、思い当たることが多いのだと思います。

経験してから学ぶという順番は合理的であるということが、私が時々参考にしている『リファクタリング・ウェットウェア』(Andy Hunt著/武舎広幸・武舎るみ訳/オライリージャパン)という本にも書かれています。

学ぶ内容にもよるかもしれませんが、経験を積んだ大人が学びたいことに出会った時、もっと学びやすい環境があればいいのではと常日頃思っています。

(こちらの記事はnoteにも載せています)