アンビエント・ミュージック(環境音楽)について少し

少し前から久しぶりにブライアン・イーノの音楽をBGMとして聴いています。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、彼はアンビエント・ミュージック(環境音楽)という音楽ジャンルを作った人です。調べてみますと(日本大百科全書)、エリック・サティの「家具の音楽」という考えに影響を受けたそうです。「音楽は集中して傾聴されるべき芸術作品ではなく、家具のように生活とともにあるべきものである」という考えです。「環境を遮断する音楽」ではなく「環境を包み込む音楽」という意味を込めて「アンビエント・ミュージック」と名づけられたそうです。ブライアン・イーノの音楽を聴いていると現代美術の展示会場を思い出します。そういう場所でこういった音楽が流れていることがありますから。

音楽は好みや気分によって聞こえ方も変わるし、感じ方は人それぞれですが、ブライアン・イーノはずっとかけていても、聞いていてもいなくても差しさわりないというか、でも確実に現代美術の会場を想像させてくれる(笑)影響力がある、私には。強い主張がなくてもじわじわっと感覚にしみてくるような感じがある。

クラシックの場合、おおざっぱに言えば「調性のある曲」というのが人の感情に訴える作用があり、無調に近づくほどつかみどころがなくなり、無調になるとまた違った感情(通(つう)ではなく一般の人にはついていけない?現代音楽の方すみません)が芽生えるという感じだと思います。

環境音楽は調性は感じられないけれど、クラシックの無調音楽のような難しさがなく、ブライアン・イーノがこのジャンルを作った目的のように、主張せず漂うようにそこにある音楽というのが特徴なのかなと感じています。

こういう音楽の「あり方」に改めて興味をそそられているので、しばらく聴いてみようと思っています。

 

 

 

 

 

 

ショパンの演奏美学

レッスンで話題になった(前回の記事で書いた)『弟子から見たショパンーそのピアノ教育法と演奏美学』(ジャン=ジャックエーゲルディンゲル著/音楽之友社)を少し読んでいます。とにかく、分厚い本ですし(注釈も細かく多い)、多分今回も自分の興味がある所を選んで読むだろうと思います。

とりあえず、「序」の中にとても興味深い部分があります。時間がたって記憶があいまいですが前回読んだ時もそう思ってたはず。ショパンのこだわりが感じられる箇所で共感を覚えています。一部ご紹介します。

「ピアノを弾きたいのなら、歌わなければなりません」

P20

「(ショパンの)声楽へのこれほどのまでの愛着と、人を圧倒するような大音量を拒み、自然で素朴な演奏を好むことには、何らかの関係があると見て然るべきだろう」

P21

「(ショパンは)あまりに狭い職人芸的な見方に反対して、技術の習得はもっと芸術的なものだと主張している。空疎な練習を機械的にくり返してだんだんマンネリになるかわりに、聴覚を極度に集中させるのが彼のやり方なのだ!
このような集中によって、すばらしい音色を得るには不可欠な二つの要素が確実に得られる。耳が良くなり、筋肉を自由に動かし弛緩させることができるようになるのである。ショパンによれば技術とは、名人芸を身につけることよりもまず音の響き具合であり、タッチの用い方なのだということをもっと認識する必要があるのではないだろうか。「だからタッチにふさわしい腕の位置さえ覚えてしまえば、このうえなく美しい音色は自ずと得られ、長い音符も短い音符も思いのままに何でも弾けるようになる」

P22

「当時のピアノ教師たちは、無理な練習を重ねて強制的に指を「均等」にしようとしていたのだが、ショパンはその逆を行って、指の個性、つまりもともと「不均等」なものこそ多様な響きを生み出すものとして、むしろ助長していったのである。(中略)こうして彼は弟子に、退屈なばかりか生理学的にも無理を伴う練習をさせず、弟子の奏でる色彩あふれる響きの多様性を一挙に開花させていったのである。

P23

松田先生にも教えていただきましたが、ショパンの目指す音楽とそのための奏法はロシアピアニズムと重なる部分があると改めて感じます。この本を何年か前読んだときは、ロシアピアニズムについてあまり知らなかったので、今回は改めて新鮮な驚きがあります。

共通すると感じる点はピアノで歌うこと、そのためには機械的な練習ではなく耳を研ぎ澄まし音色を聴くこと、美しい音色のためにはそれにふさわしい体の位置を知り、使い方を身につけること、そういったことです。

また、上の引用の中に「生理学的にも無理を伴う練習」というのがありますが、手や指が強い負担を感じるような練習というのは、それによって多少思うようになったとしても、いずれ手の故障につながる心配がありますよね(『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』にも書いてあるように)。例えば指の独立のために特に上がりにくい薬指を高く上げる練習というのもまだあるようですが、手の構造上かなり無理がありますよね。その前提がハイフィンガー奏法だから、奏法が変わればその必要もなくなりますね?
ショパンは体のことを理解した上で、当時のやり方とは違った合理的な考え方で弟子を指導していたということですから、弟子の証言満載のこの本はやはり参考になりそうです(以前ある程度は読んだのですがみんなショパンをほめちぎっているという印象。彼は教育熱心でヨーロッパ各地からショパンの教えを乞いに弟子が集まったとか。その数は正確にはわからないが記録による研究では150人(おそらく長・短期入れて)に及んでるのではないかと。その間に作曲してたとかすごすぎる)。

私がロシアン奏法を習おうと思ったのも、音色や表現をもっと豊かにしたいからです。ロシアン奏法はクラシックの奏法ですが、その奏法を通して自分の音楽表現(ジャンルでくくらない)を良くしていければいいな、自分が前より少しは良くなったかもと思えることができれば、それが続いていけばいいなと思っています。また、これらのことがピアノを弾いておられる方々の参考になれば幸いです。

最新版ではなく私の持っている本です。引用もここからです。

ロシアン奏法とショパンの教えの共通点

今日のロシアン奏法レッスンで、松田先生が『弟子から見たショパン』(ジャン=ジャックエーゲルディンゲル著/音楽之友社)の話をされました。この本はだいぶ前に買って、まだ全部読めず置いてあるのですが、ショパンが指示している弾き方にロシアン奏法と共通する部分があるということです。手の傾け方や、タッチの方法など。該当箇所を教えていただいて、なるほど。ただ、先生のお持ちの本は増補最新版で中身がちょっと変わってそうです。
ショパンが、手の形を理解して無理な弾き方をしないという合理的なことを言っていたことが書いてあったとぼんやり記憶していますが、その他の細かい部分は覚えていないし、また読もうかなと思っています。

ショパンが体のつくりを理解してピアノを弾いていたのと対照的に、同時期の作曲家、シューマンは手に負担のかかる間違った練習をしてしまって手を痛めピアノが弾けなくなってしまった。昔はヨーロッパでも手を鍛えるために変な器具を使ったりしていたみたいですね。

今はまだ、ロシアン奏法の基礎をやっていて、まだ感覚的につかめるには時間がかかりそうですが(当然です!)、普通の曲を弾くとこれまでのように弾いてしまうから、ちょっと控えた方が良さそうです。これまでもそうですが、これからもちょっとずつ地道にやっていくのみです(汗)。

録音のアドバイスをしていただきました

昨年春ごろ、アルバム曲のための録音を初めて自宅で行いましたが、色々と課題もあっていつか録音のアドバイスを詳しい人にしていただきたいと思っていました。昨年の夏にピアノのアクション部の交換も済ませ(気になっていた打鍵時のノイズを解決するため)、その後ぼちぼちと録音をしてYouTubeにアップはしていますが、録音時の問題を解決せねばとずっと気になりつつ、誰に頼めばよいものかと迷っていました。

先日、とにかく適当なキーワードで検索しているうちに、同じ京都でクラシック系のCDを録音・制作・販売されているウッドノート・スタジオさんのサイトを見つけました。だめもとで、メールでこちらの要望(家まで来ていただいて実際録る環境でアドバイスをいただく)をお伝えすると、初めてのケースですがいいですよと快諾してくださいました。来ていただけることになりよかったーと思いましたが、それに加え、アコースティック楽器の録音に慣れていらっしゃる方にお願いできてさらによかった!

ウッドノート・スタジオは、2012年に左京区の錦鱗館で行われた上原 由記音さんのレクチャーコンサート(アルベニスのスペイン組曲)を主催されていました(今回初めて知りました)。私はこのレクチャーコンサートに行っていましたが(ブログにも書いています)、まさかこんな形でお会いすることになるとは、不思議なご縁を感じます(笑)。

さて、当日はウッドノート・スタジオのSさんに色々と教えていただきました。まずは、マイクの位置。私が弾いているのを聴きながらSさんが一番よさげな場所を探します。部屋が狭いのと試したい場所に本棚があったりして制約があるのですが、その中で大体この辺りではという場所を選んでくださいました。この作業は弾きながらはできないから、録音を一人でやる難しさをさっそく感じました。

そして、普段録音に使われているマイクもいくつか持ってきてくださっていて、それらを使って録音し聴き比べをしました。マイクによって思っていた以上の違いがあり驚きました。高いマイクだから良い音とか、そういう単純なことではないのですね。それぞれ特徴がある。これまでの自宅録音では色々いきさつがあってですが違う種類のもの2本を使っていたので、今回の録り比べを参考にしてマイクをどうするか決めます。

あとは、Studio One(録音ソフト)の設定で疑問に思っていたことやその他録音にまつわる色々なことを教えていただきました。これまで、これでいいのだろうかと自信のなかったこともそのままでよかったり、やめた方がよかったりとはっきりしたこともあり、来ていただいて本当に助かりました。

次のアルバムのための録音は、ちょっと考えていることがあり、まだだいぶ先になりそうですが、新しいマイクの準備ができればまたぼちぼち録音してYouTubeにでもアップします。本命はアルバムの方ですが(音楽配信サービスは音楽に特化されているからこちらの方がたくさん聴かれていますし)、YouTubeはなかなか再生数が上がりませんが、誰でもアクセスできるから、偶然私の音楽を知っていただくきっかけになればと思ってアップしていきます。

身体を通して理解する

先日はまた松田紗依先生のロシアン奏法のレッスンでした。
本当に一音、一音からのスタートです。手の角度、手首の高さ・動かし方、タッチの仕方などなど色々なことに注意を払って弾くのは大変です。どれかを忘れる(笑)。弾き方を少しでも変えるというのはなかなか大変なことです。先生は根気強く、でも優しく、そうじゃなくて、こう、と何度も見本をみせたり、私の手をとって教えてくださる。先生大変だなあと思う(笑)。そして、ニュアンスを伝えるために、色々な言葉を使って私の想像力に訴えかけられる(例えば食べ物とか)。それがけっこう伝わって効果的。

いくら本を読んでいても、動画を見ていても、実際に自分の身体を思うように(このイメージもまだつかみきれていないけど)動かす難しさはやってみないとわからないものです。頭と体が少しずつつながっていく過程を経ながら、やがて自然と馴染んでくる、それを感じられた時はうれしいもの。

『ロシアピアニズム』に出てきたような内容もレッスンで教わることがあり、逆に本の内容で理解できなかった部分も、こういうことなのかなと直に教わって理解できた気がしました。体の構造から考えて理にかなっているとより納得できます。

ロシアン奏法を取り入れて、これまで弾いていた曲を弾くとどのように変わっていくか、それが何より楽しみです。

音色に目覚めたできごと

もう何年も前になりますが、ポーランドのピアニスト、アンジェイ・ヤシンスキ教授の公開レッスンを見に行ったことがあります。その時の経験が私がピアノの音色に目覚めるきっかけになったと思っています(確か)。公開レッスンですから、先生は自分のリサイタルのようには演奏されないわけですが、合間合間にさらっと見本に弾かれます。その時に聴いたヤシンスキ教授のモーツァルトにはっとさせられたのです。気楽に弾いている感じなのになんという音色。ピアノからあのような音が出るのかと(ちなみにヤシンスキ教授はショパンとモーツァルトがお得意なようです。ボーランド出身ですからね、ショパンコンクールの審査員もされている)。

それからしばらくは、モーツァルトを少しでも美しく弾くことに挑戦していました。下部雑音が混ざらない方がいいのかとか、色々研究もしました。下部雑音を意識しすぎると、打鍵が浅めになり不安定になる。それで、ピアニスト内藤晃さんが書かれた「ピアノでオーケストラを」という冊子を読んでいると、「下部雑音の有無を用いて音色をコントロールする」ことについてなど書かれていて、そうか、曲にもよるだろうけど使い分けが必要なのかと思ったり。なかなかイメージしている演奏には近づけない(汗)。

まあ、そんな経緯があって、音色というものにより注意がいくようになったのです。
ここ何年かは自作曲を作って弾くことが多かったのですが、テンポがゆったり気味でシンプルなものが多い。そうすると自然と出している音一つ一つがわりと良く聞こえて、音質チェックができる。それで、ピアノの残響がきれいなあとか感じているのですが、これはまさに倍音を楽しんでいるんだなと思っていました。

なので、最近読んだ『ロシアピアニズム』(大野眞嗣氏著/yamaha music media)に倍音を響かせる弾き方について書かれていたのを見て、自分はわりとそのつもりなんだけどなあと思っていました。

そして、前回の記事で書いた話につながるのですが、調律師さんが弾き方によって基音と倍音のバランスが変わり音色が変わるということをピアノの構造から説明されるのを聞いて、改めてさらに倍音を響かせる弾き方があると認識しました(何も考えずに弾いても弦は共鳴するから倍音は出ているんだけど)。

そして、松田紗依先生のレッスンで目の前でタッチの違いによる音色の違いを聞いて、感動したわけです(笑)。

今回この記事を書くにあたって、内藤晃さんの「ピアノでオーケストラを」、『ピアノの演奏と知識』(雁部一浩著/音楽之友社)→(この本は確か音色に目覚めるよりずいぶん前に読んだのですが、当時、ピアノの構造上、ピアニストが意図的に操作できるのは音の「長さ」と「大きさ」だけ(雑音効果をのぞき)と書かれているのに対して、そんなもんだろうか?と思っていました。今回、それは違うだろうと思えるようになりました)、そしてヤシンスキ教授の公開レッスン時のメモをチェックしました。

そのメモの中に、「打鍵後、リボンを引っ張るようにその強さを変える」というのがありました。これがもしかしたら、鍵盤の上で指をすべらせる倍音を響かせるタッチのことだろうかと、今頃思いいたりました。当時はメモはしていたけどそこまで考えていなかったと思う。けれど、メモしておいて良かった(笑)。

ヤシンスキ教授の演奏、生で聴く機会はもうないでしょうけど、YouTubeにあったのを見つけました。

それとはまた別に、たまたまYouTubeで倍音について説明されているジャズピアニストの動画を見つけて、なんとなく聞いていたんですが、一通り説明が終わったあと、質問者が、ピアノを弾かれるとき倍音を意識されていますか?と尋ねると、そのピアニストは少し考えてから、いえ、ほとんど意識しません、その他のことに意識がいっているのでと答えられていました。ジャズピアニストの場合、やはりアドリブとか考えることがいっぱいあって大変なのかもしれません。また音数の多い、速い曲などの場合もそういう響きを感じるチャンス自体少ないかもしれない。

ピアノという楽器は音と音の間に段差があり(半音、例えばドとドのシャープの間は音がない)、弦楽器や歌に比べ、「歌う」点において不利な楽器で、不利な点を補う方法の一つとして倍音を生かすというのがあると思います。

先日のレッスンで、松田先生がチッコリーニのテクニックについて弾きながら説明されました。チッコリーニ……すぐに思い出せなかったけど、音源も持っているし、以前本も読んだことがあるのを思い出しました。その本についてブログに書いていたことがあります(美しい音をめざして)。その中からの引用です。

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アルド・チッコリーニが5歳で初めてピアノを習った時の先生が言った言葉です。

「アルド、綺麗な音を出して頂戴! 私に美しい音を下さい! とても表現力に富んだ麗しい音の調べが欲しいの」

『アルド・チッコリーニ わが人生』(パスカル・ル・コール著/全音楽譜出版社)

ちょっとショックなくらい、感心しました。レッスンを始めた時から、自分の出している音を意識させるとは、とてもすばらしいことだと思いました。

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『ロシアピアニズム』に、日本ではデュナーミク(強弱)によって変化をつけ、音色そのものにこだわる指導をしている先生は少ないというようなことを書いてありました。私も自分の経験を振り返り、確かにそういう傾向があるかなと思っています。

この3年ほど前の記事でも、「これからも、美しい音をめざして修行を続けます!」と書いてました(笑)。はい、まだまだ続きます(笑)。

ロシアン奏法を学びます

先日、ある先生からご紹介いただきロシアン奏法の松田紗依先生のレッスンを受けることとなりました。そして昨日、レッスンのためにアトリエ松田へ行ってきました。アトリエ松田はピティナのコンサート会場にもなっていて過去に何度か弾かせていただいたことがあります(ここ何年かは出たいなと思いつつ見送っていました)。先生も私のことを覚えてくださっていて、またお会いできてうれしかったです。このアトリエはもともと松田先生のおじい様の彫刻アトリエで、とてもいい雰囲気の部屋です。何年かぶりの、アトリエ松田のスタインウェイを弾いてその響きにうっとり。高い天井と木(木造)としっくい壁が音をまろやかにするのでしょう。

さて、ロシアン奏法ですが、ブログにも書いていますように、最近『ロシアピアニズム』(大野眞嗣氏著/yamaha music media)を読んだり、YouTubeなどでも解説を聞いたりして私なりに少しずつ勉強を始めていました。ロシアピアニズムという表現は、ロシア奏法とは違った意味合いで使われているように書かれているのを見ますが(定義が色々ある?)、イギリスでロシアン奏法を学び(英国王立音楽院教授スラミタ・アロノフスキー氏に師事され)、長年ロシアン奏法を研究・指導(教則本も多数作られています)されている松田先生がそのように表現されているので、これからそう呼びます。

日々、ピアノを弾いていて、自分がこれでいいのだろうか、どうだろうかとどこかで迷っていた部分が昨日いくらかクリアになった気がします。もちろん、それは始まりで、まだまだクリアになっていく部分があるのだろうなという予感もしました。先生がこの場合はこのように弾く、ここはこのように、という一つ一つにとても説得力があり、なるほどなるほどとうなずくばかり。どのようなタッチで、どのように響かせ音楽表現につなげるか、目からうろこが落ちる落ちる(笑)。

そんなレッスンの中で、タッチによって木の「しなり」が変わるというお話があり、ちょっと興奮しました(笑)。というのは、少し前に、ヨーロッパで活躍されている調律師さんが、YouTubeでピアノの構造から音色について考えることについて語られているのを見ていて、その中で鍵盤のタッチの仕方の違いで、ハンマーを動かすシャンクという部品が「しなる」という話を聞いたばかりだったからです。そのことにより、ハンマーが弦を打つ位置がほんの少し変わり、そのことによって基音と倍音のバランスが変わるということです。『ロシアピアニズム』にも倍音を増やし音色を豊かにすることについて書かれていましたが、昨日まさに、松田先生がタッチの違いによる倍音の響き方の違いを弾いて聞かせてくださいました。もう大納得です(笑)。

実は、何年か前、大阪梅田のKAWAIで行われた、松田先生とピアニスト関本昌平さんのセミナーに参加したことがあり、その時参加者全員がちょっとずつロシアン奏法のタッチについて体験するというコーナーがあり、ほんの短い時間先生から指導を受けましたが、その時はまだそれほどピンときていなかったんです。でも、昨日はビビビときました(笑)。

他に音楽の話など色々しましたが、先生が「縁」ですね、と言ってくださいました。私が音色にこだわって探求している中で、ロシアの奏法に改めて向き合い、結果教えを乞う形で松田先生の所へたどり着いたというのは、「縁」なのかもしれません。温かく迎えてくださって感謝感激です(笑)。

という感じで、しばらくはロシアン奏法の基礎を学びます!

アトリエにはいくつかのすてきな彫刻があります。
かわいいロシア奏法の本も見せていただきました。

手首はどこ?

『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』(トーマス・マーク他著/春秋社)には、正しいボディ・マップを知り、ボディ・マッピングする方法が書かれています。

ボディ・マップとは脳の中でイメージされている身体のことで、ボディ・マッピングとは、自分の身体に注意を向けるトレーニングによって筋感覚を鋭敏にし、それ以前には身体の外の世界にあった情報を自分の中に取り込むことです。

少しわかりにくいですが、わりと分かりやすい例(多分)について書きます。
皆さんは手首ってどこだと思いますか? 私は腕時計をつけたり、脈を測ったりするあたり、小指側のぼこっと出た骨の腕側と思っていました。ところがこの本によりますと、正しいボディ・マップでは、手首の骨というのはぼこっと出た骨の手の側、手の甲の根元あたりなんですね。そこに8個の骨が4個ずつ2段に並んでいてそこから指の骨につながっている。私なかなり意外に感じましたが、その8個の骨によって手を柔軟に動かすことができるのですね。

正しいボディ・マップをイメージしたら、今度はボディ・マッピングです。手首を回してみてください。確かに、腕時計をつけるあたりは回りませんが(ぼこっとした骨は肘までつながった1本の太い骨)、手の甲の根元あたりはわりと自由に動きます。この柔軟さを意識してピアノを弾くと、より余計な力を抜くことができると思います。もともとできていた人には関係ないかもしれませんが、手の甲をひと固まりのようにイメージ(無意識でも)しているのと、根元が自由であることを意識するのとでは変わってくると思います。手首の力を抜いてと言われても、ボディ・マップが間違っていれば違う所に意識がいってしまいますね。

この本は過去にも読んでいますが、改めてそうやったんやと思い返すところがいくつかあり、やはり面白いです。

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クラシックを弾く

今年から(と言ってももう2月後半ですが)またクラシックもちゃんと弾こうと思っています。というかもう始めていますが。ここ5~6年はどちらかというと曲作ったり録音したりということにピアノの時間の多くを使ってきました。もちろん、クラシックも弾いていましたがそれほど目的もなく、なんとなく中途半端でした。自分のゆったりした曲ばかり弾いていては、指がだんだん動かなくなるのではという危機感も多少あり(笑)、今年は人前でクラシックを弾く(なんかピアノのイベントに参加する?)ことをイメージして練習しようかなと思ったりしています。どうなるかわかりませんが。

練習の仕方も以前とは変わってきています。より一つ一つの音に耳を傾け「聴く」ようにしています。それはタッチや体の使い方とも密接につながっています。たとえ音数少ないシンプルな曲でも音色を美しく、人の心を動かすような演奏をすることは簡単ではありません。常に、丁寧に音と向き合うことを心掛けたい。児童館では電子ピアノでも、生演奏は違いますねと言っていただくことがありますが、そう言われるたびにぜひアコースティックピアノの音色を届けたいと切に思います。

曲作りをし始める前に弾いていたクラシック曲を弾くと、以前よりも多くの発見があり、それがとても面白い。そうやってぐるぐる行ったり来たりするのは、得るものが多いと実感しています。

逆ハの字?

少し前にとり上げた『ロシアピアニズム』(大野眞嗣氏著/yamaha music media)の本には、手の構えについて1の指を少しだけ前方に移動し、手のひらを逆ハの字のような斜めの状態にすると書いてあり、ここは「ん?」と思って何度か読み返しました。弾きにくそう。このことについて、YouTubeの動画でも説明されているピアニスト(ロシアピアニズムの)がいらっしゃるのですが、この手の構えをすると余計な力みが生じるので同意できませんでした。

それで、今読み返している『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』(トーマス・マーク他著/春秋社)には、手の構えについて「小指主導」であるべきだと書いてあります。つまり、上腕につながっている骨は、前腕の2本の骨のうち1本で、それが小指につながっているから小指側を軸とする方がいいということです。ロシアピアニズムの本に書かれていた1の指を前にするというのは、親指主導であり、それは手の故障につながりやすいということです。小指主導というのは、鍵盤に対し手を垂直に構え逆ハの字ではないので、こちらが普通だと思いますが。

たまたま続けて読んでる本で真逆のことが書かれているので、記事にしてみようと思いました。『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』は骨の構造を元に体の使い方を説明しているので説得力があります。

ロシアピアニズムについても、人によって考え方が少し違ったりするようですし、絶対これというのでもないのかなと思っています。

興味のある方の参考になれば幸いです。

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