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新しい命の誕生

昨日、娘が出産しました。
妊娠期間中色々気にかけ、いよいよ陣痛が始まり生まれるまで心配でしたが、出産後母子とも元気であるとわかり安堵しました。

コロナ対策のため旦那さんすら面会できず、私たち夫婦も退院の日を待つしかありません。けれど娘が出産直後から動画を送ってくれ、赤ちゃんの様子を見ることができます。もうメロメロ、ヘロヘロです(笑)。

母にも動画を送ると、もう興奮して「かわいい」の連発。何度も観ているらしい。

赤ちゃんの癒しパワーはすごいと改めて思いました。

自分の出産のときとはまた違う、余裕のある気持ちで見ることができます。当時に比べ赤ちゃんに関する知識も格段に増えているし、興味深くもあります。今年度発達心理学で学んだことと照らし合わすとなおさらです。

退院後、初めて会う時は感動でどうなってしまうか(笑)。娘と孫は退院したあとしばらくうちで過ごしますが、一体どんな生活になるのか、見当もつきません。

子どもが生まれるということは、一人の人間が新しく存在し始めること、本当に素晴らしいことだとしみじみ思っています。

なんで? なんで?

知り合いの5歳のお子さんが、なんで~なん? なんで~なん?と質問ばかりするという話を聞き、そういう年頃なんだなと夫と娘と話していました。

そこで娘が自分の体験から面白い話をしてくれました(娘は幼い時のことをわりと覚えている)。なんで?なんで?と聞くのは、その理由が知りたいというよりも、親と会話のキャッチボールをすること、コミュニケーションすることが楽しいのだと。なんで?の答えはどっちでもよく、次の質問を考えやりとりすることが面白いのだと。

そして、どこかで聞いたある親子の話も聞かせてくれました。子どもに質問された父親がいい加減な答えではなく、正しい知識を教えねばと聞かれるたびにスマホで検索して調べてから答えていたそうです。そうすると子どもはそれを嫌がりだしたということです。調べている間はしばらく会話が途切れて沈黙の時間ができてしまいますよね。この子もお父さんと会話のキャッチボールがしたかったのではないでしょうか。

娘が子どもの時にどう思っていたかということを後になって聞かされて、そんな風に思っていたんだと意外に思うことはこれまでもありましたが、子どもは大人がイメージしているよりも早くから色々なことを感じたり、考えたり、わかっていたりするものだと思わされます。それは、色々な子ども関連の本(発達心理学の本も含む)や、今勉強中の大学の発達心理学の中でも確認できることです。

ちょっとした話ですがとても興味深いと思ったのでご紹介させていただきました。どなたかの子育ての参考になると幸いです。

「いまむら文庫」について

はっきりした期間は記憶があいまいなのですが、大体2000年くらいから2005年くらいの間に、夫と「いまむら文庫」というサイトでweb絵本を作っていました。私が物語を書き、夫が絵を描きました。
これもはっきりしたきっかけは覚えていないのですが、当時、自分の子育ての中で感じたり考えたりしたことから色々な物語が生まれてきました。

うちの娘が生後半年から6歳ごろまでは、夫の転勤で岡山にいました(当時は夫は会社勤めでした)。その間住んでいた賃貸マンションには多くの子育て世代の人たちがいて、子どもたちは毎日毎日、お互いの家を行き来したり、マンション前の駐車場で遊んでいました。その様子を見ながらとても微笑ましく思っていました。遊びの中で自主性や創造性や社会性や協調性など多くを学んでいる、よしよしと。その子どもたちの生き生きした様子も後の創作の源になりました。

いまむら文庫を始めたのは、岡山から関西(最初は大阪に)に戻ってきて何年かしてからです。うちの子は小学生でした。当時はまだインターネットのコンテンツはそれほど多くはなく、子ども向けのサイトも少なかった。そんな時代でした。
ホームページを作るのも最初はホームページビルダーなどを使っていました。その後ソフトを変えたりしながら更新を重ね続ける中で、一応画面は普通に見えてはいますが、サイトのソースを見ると余計なタグが大量にできていて信じられないくらいぐちゃぐちゃになっていて、気にはなるものの、ページ数も多いし直すには時間がかかるし何年も放置していました(たまーに多少の手直しはしていましたが)。
スマホの時代になりレスポンシブ(端末が変わってもそれに合わせた見え方になる)にしないと見にくいけどとりあえずそのままでした。

とうとう1年ほど前から、娘が隙間時間を使って「いまむら文庫」のサイトのリニューアル(新しいテンプレートを使って置き換える)を手伝ってくれて、このたびようやく完了しました。長らく引き下げていた「おはなし」(絵のない)からもいくつかアップしました。httpからhttpsにもしました!(改行などまだ多少おかしなところは見つけ次第直していきます)

子育てがあったからできた「いまむら文庫」だと思っていますが、その子が大人になってサイトのリニューアルを手伝ってくれたというのは感慨深いものがあります。

私自身もいまむら文庫のお話を書いていた頃からはずいぶんと変化していますが、今読み直しても、伝えようとしたことがよみがえってきます。子どもたちへの思い、心の機微、音楽の持つ可能性など。
今は当時よりももっと色々なことについて深く考えるようになっている反面、この頃のようには書けないような気がします(年齢による適性が変わったためか、子育てから離れたためか、わかりません)。でも時間があれば続編を書きたいと思うお話もあります。今のところ、予定はありませんが。

そういえば、以前、いまむら文庫のお話のBGMに私の曲を入れた動画をYouTubeにアップしていました。

興味のある方は、またのぞいてみてください。

子育て講座を終えて

今日は、聚楽保育所とじゅらく児童館共催の子育て講座で講師をしました。毎月の「ピアノに合わせてあそぼう」とは別に年に一度やらせていただいています。今回は15組の親子が参加してくださいました。毎月のイベントはほぼ音楽ばかりですが、こちらのイベントは「お話」もします。これまでは子どもと音楽に関する話が多かったのですが、今回は「赤ちゃんのこころってどんな感じ??」というタイトルで、赤ちゃんの心の成長について少しお話をしました。

参考文献は『赤ちゃんの心はどのように育つのか』(今福理博著/ミネルヴァ書房)を使いました。それをもとに作成した資料より一部抜粋して要約します(引用を含みます)。

☆感情の発達

・誕生したて→興奮のみ

・3ヶ月ごろにかけて、快と不快に分化。相手の笑顔をごぼうびとして感じられるようになる

・3ヶ月以降から喜びや怒りなどの基本感情に分かれていく

・1歳頃、養育者に安全であるかどうかを表情より読み取り安心する

・18ヶ月 照れ、恥、罪悪感、誇りなど比較的複雑な感情がめばえる

 

☆共感する心

・情動的共感

泣きの伝染(新生児期~)

表情伝染(4~5ヶ月~) 養育者とのコミュニケーションを通じて発達

・認知的共感

15ヶ月くらいでみられるよう。話せなくても相手の心的状態を理解している

 

☆人の利他性(人のために何ができるか考えること)

・絵本の読み聞かせの際、登場人物の感情を考えてみるよう促す(こう感じていると決めつけるのではなく)ことが共感力の発達につながる。

・他者と動きを合わせる、相手から真似をされる→人を助ける行動につながる。

・表情やしぐさを真似する相手にポジティブな感情を抱く

 

ざっとですが、こういった資料をもとにお話ししました(月齢については個人差もあるだろうし、あまり気にせずと付け加えました)。今回特にお伝えしたかったのが、

・赤ちゃんの心の成長がおそらく一般的に大人が考えているよりも早く始まっている。

・反応がよくわからなくても、話せなくても色々なことを感じていて、心は育っていっているから、コミュニケーションが成立していないようでも、やればやるほど伝わっている。

・共感する力も早くから育ち始める。これを伸ばすには養育者の接し方が重要。

などですが、つまり、今一何を感じていて考えているのかわからない乳幼児も、コミュニケーションを仕掛けた分、ちゃんとそれが成長に役立っているから、やりがいありますよってことです。保護者の方々も、情報に接したり考えたりされていると思いますが、なかなか育児に追われて余裕がないかもしれないから、もし少しでも参考になれば幸いと思ってお伝えしました。知っていれば楽になることもあると思います(私も自分の育児の時にこれらのことを知っておきたかった(;’∀’))。

お話の後は、いつものようにピアノ演奏と歌(みんなで一緒に)でした。

終了後書いていただいたアンケートを見ていると、ピアノが聴けてよかった、ピアノの音色がきれかった、ピアノで子どもが泣き止んだ、楽しそうだったとピアノに関するポジティブな感想が多くそれは何よりうれしいことなのですが、お話に関してはあまり具体的な感想はなく、どう受け止められたのかわかりません。

私としては、普段仕入れた子育てに役立ちそうな、少しでも楽になるような情報をお伝えしたいなあという思いがあり、こういう機会にお話しさせていただいていますが、それが求められているかはわかりません。でも、こうやってブログに書いて残しておけば、たまたま探している人が目にするということもあるかもしれないし、誰か興味をもってくださったらいいなあと思います。

とりあえず、今日のイベントについておおまかに書きました。

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視点を変える力、共感する力

『デンマークの親は子どもを褒めない』(ジェシカ・ジョエル・アレキサンダー/イーベン・ディシング・サンダール著/鹿田昌美訳/集英社)の「Reframing 視点を変える」という章からです。

多くの人は、物の見方を「無意識に選んでいる」ことに気づいていない。自分が見る世界が真実だと思っている。自分にとっての真実、物の見方が、学習によってもたらされた視点(多くの場合は親や文化から受け継ぐ)だとは考えない。単に「当たり前」だと思う。この「当たり前」の設定を「フレーム」と呼び、フレームを通して見た世界が「あなたの物の見方(視点)」である。人は、自分が真実だと認識したことを真実だと感じるのだ。

一人一人が違うフレームを持っているということを認識できれば、他の人をより理解したり、受け入れたりできるのだと思います。

また、別の章に「Empathy 共感力」というのがあります。

エンパシーとは、他人の気持ちに感情移入できる力、共感力のこと。その人の感情を理解するだけではなく、気持ちに寄り添うことだ。

世の中のもめごとや摩擦の多くが「視点を変える力」と「共感する力」が足りないために起こっているのではないでしょうか。視点を変えることができれば、共感できる部分が増えるかもしれない。この二つのことはつながっていると思います。そういったことが基礎にあれば社会はもっと寛容で居心地のいい場所になるのではないでしょうか。

子どもの頃から、視点を変える力、人の気持ちを想像してみる力を養えるよう、大人との会話の中で気づかせてあげられることが大切なのだと思います。

 

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『デンマークの親は子どもを褒めない』を読んで

『デンマークの親は子どもを褒めない』(ジェシカ・ジョエル・アレキサンダー/イーベン・ディシング・サンダール著/鹿田昌美訳/集英社)という本を読みました。今年のイベントに備え、資料を検索していてたまたま見つけました。褒め育てがいいのか、そうでないのか、ということよりも、副題の「世界一幸せな国が実践する「折れない」子どもの育て方」という方にとても興味を持ちました。著者のジェシカさんはアメリカ人で作家で、イーベンさんはデンマーク人で心理学の専門家です。ジェシカさんはデンマーク人と結婚し、アメリカとデンマークの子育てに対する考え方や価値観の違いに衝撃を受けたということです。アメリカでは若いうちから心が折れる人がどんどん増えているということで、子育ての重要性をもっと認識せねばという強い思いを持っておられます。

私は常々、子育てというのは、小さなお子さんのいる家庭だけが抱えるというものではなく、社会が関心を持って、社会で支えていくという意識があっていいと思っています。なぜなら、子どもはみんな大人になり、社会を動かしていく人たちになるからです。子育てに悩みを抱える人が増えているならば、それは社会の問題がそういう所に表れているということかもしれません。私が子育てしていた時は、そこまで考えていませんでしたが、児童館などに通うようになって、子どもに関する本なども読む機会増え、そのことについてより関心を持つようになりました。

この本の序章にはまず、次のように書かれています。

子育ての基盤となるデンマーク的な思想と子育てスタイルが、「レジリエンス(折れない心)を持つ情緒が安定した幸せな子ども」という素晴らしい結果を生みだしている。そして彼らが「レジリエンスを持つ情緒が安定した幸せな大人」へと成長し、ふたたび同じ子育てスタイルで子どもを育てる。

子ども時代はやがて大人になる基礎を形成する時期だから大切ですよね。先日ブログ記事に「長い目で見れば、心が成長し、内面が充実し、精神的に安定していくことがその後何をやるにも支えとなるのだと思います」(「子どもと音楽について考える」より)と書きましたが、これは以前からの私の考えです。

この本には「折れない心」を育てるための考え方がいくつかのテーマに沿って書かれていますが、まず最初は「遊び」の大切さについてです。

デンマークの親や教師が重視するのは、社会性、自主性、団結力、民主性、自尊心。

それらを育てるために、子どもたちが自由に遊ぶことを重視する。子どもが先生や親から干渉されすぎると、自分の内部から沸きあがる意欲を育むことができないということです。

統制の所在(「自分を応援する気持ち」「内側から湧き上がる意欲」)が自分の中にある人は、人生や身に起こる出来事をコントロールする力が自分にあると信じている。モチベーションの源が自己に内在する。一方、外部に統制の所在がある人は、人生は環境や運命といった外的要因にコントロールされており自分では変えにくい、と信じている。モチベーションの源が外部にあるからだ。

統制の所在を自分の内側に持つことによって、様々な状況に対処できる折れない心を育てることになる。そのためには子どもが自由に遊ぶ中で自らが感じ、考え、行動する力をつけることに対し、あまり干渉しすぎずに見守る必要があるというのが、デンマーク人の子育ての考えのようです。

これは、私自身の子育ての時にも考えていたことです。子育てはわからないこと、迷うことがたくさんありましたが、遊びから、自主性や創造性や協調性など多くのことを学ぶのだと、日々遊ぶ子どもたちを見ながら思っていました。

教育については色々な考え方があると思いますし、またそれぞれの家庭によって事情も異なると思いますが、特に幼いうちの「自由な遊び」は習い事や勉強に比べて無駄かと言えば、むしろそちらの方が大切なのではと思います。ただ、今どきはスマホやらゲームやら色々あって、また安心して遊べる場所が減っているなど、どうやって子どもたちを遊ばせるのがいいのか、という問題もありますよね。そういったことも各家庭の問題で片づけるのではなく、本当は社会が子どもにとって望ましい環境とはどういうものか、ある程度共通の認識を持って、それを整える必要があるのだと思いますが、ちょっとハードルが高いのだろうなというのが正直な気持ちです。でも、少しでも良い方向に向かうことを願います。

この本について続きがまた書ければと思います。

ちなみに、2016年にこんな記事を書いていました。『「遊び」は大切

興味のある方はお読みください。

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子どもと音楽について考える

毎月児童館で、かわいい小さな子たちを見ていて、みんな元気に成長して幸せになってほしいなあと思います。一緒に音楽遊びしたことが記憶のどこかにいい思い出として残っていてくれたら最高ですが、多分小さすぎて思い出すことは難しいでしょうね。それでも、一つ一つの経験が何かしら頭のどこかにインプットされるはずと思うので(赤ちゃんはあなどれない!)、それがポジティブな感情として残るといいなと願います。

たまたま、親御さんに連れてこられて来るわけだから、この子たちがみんな音楽好きかはわかりません。中には子どもが音楽好きなんですと言われる親御さんがいらっしゃったり、子ども自らピアノに興味を示したり、音楽に積極的に反応するということもあります。もし、この子たちがこれから何かの形で音楽に関わっていくとしたら、それはどんな方法がいいのか、それはいつも考えていることです。できれば幸せな音楽との関わり方ができる方がいい。でもそれは、その子どもによってそれぞれ違うと思います。

『音楽気質』(アンソニーE・ケンプ/朝井知訳/星和書店)の「音楽的才能の発達」という章に書かれている気になる部分を少しまとめました(翻訳文であるためちょっとわかりにくいかもしれませんが)。

あまりに早すぎる、例えば、目標を定めた活動などという外来的な動機の強化は、より本来的な「芸術的かつ情緒的な感受性」を抑制してしまう可能性がある。

子どもに対して、何の要求もなされない、落ち着いた、恐れのない環境が、音楽が、個人に最も強く情緒的な影響を及ぼすためには必要であるのだろう。

子どもに楽器などを習わせる場合、技術の習得という目に見える目標についつい気持ちがいって、少しでも早くと思いがちかもしれませんが、あまりあせらず、内面の成長にも心を配ることが大切だと思います。遊びの中でも音楽に接したり、楽しんだりすることはできるから、まずは自発的に音楽に関わる様子を見守って、その子にどういった音楽環境がふさわしいのか考えてもいいのかもしれません。遊びの中なら楽しんでいても、いざ習わせたら興味を失うということもあると思いますが、それは音楽が嫌いというわけではなく、指示されてやるのが嫌なだけかもしれません。そういった子にも音楽性をはぐくむ可能性はあるだろうから、違った方法をとってみるというのもいいんじゃないでしょうか。結局もっと別のことに興味を持つかもしれないけど、何が好きかは自分が一番わかってるんだから、それでいいと思います。これは音楽以外でもそうでしょう。

音楽や芸術分野に限らず、感受性をはぐくむのはとても大事だと思います。特に今のような物や情報があふれた混乱した時代では、何が本当に大切で必要なものか、それを感じられる力をつけることが生きていくために重要だと感じます。長い目で見れば、心が成長し、内面が充実し、精神的に安定していくことがその後何をやるにも支えとなるのだと思います。

サン・テグジュペリの『星の王子さま』に、

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

という言葉がありますが、わかりやすいメッセージだと思います。この物語が書かれた時代よりも、今はもっと肝心なことが見えにくくなっているでしょう!

音楽が好きな子がどのような形で音楽に関わるのがいいのか、それは、既存のやり方以外にも可能性はあるのではと思っています。これからもそれについて考えながら、機会があればまた話したり、書いたりします。

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ベビサポ広場で弾きました

昨日は中京区役所で行われたベビサポ広場でピアノを弾いてきました。毎月のじゅらく児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」担当の聚楽保育所の保育士さんが、ベビサポ広場を担当されている日で、少し前に声をかけていたただき、弾かせていただくことになりました。ベビサポ広場の部屋にはグランドピアノが置いてあり、ぜひ弾いてくださいと提案してくださいました。ベビサポ広場は時々中京区の新聞で見かけていますが、赤ちゃんと親御さんのための様々なイベントをされています。

今回、ピアノ伴奏でみんなで歌ったり、演奏があったりということは皆さんにはあらかじめ知らされていませんでしたが、最初に保育士さんが説明してくださるとお母さん方は好意的に思ってくださったような感じでホッとしました。このイベントでは最初に参加者の方々が自己紹介をされるということで、今回はその際、何かお子さんと音楽の接点などがあればお聞かせくださいと保育士さんが促されました。私も皆さんの輪の近くに座って、興味津々で聞いていました。参加者の方々は特に音楽を目的として来られているわけではないので、どんな感じだろうと思ったのです。そうすると、何かしらうちの子はこういった音楽に反応するとか、こういう音楽が好きとか、それぞれあって、皆さん我が子と音楽の関わりについて関心を持たれているようです。とても参考になったし、より詳しく知りたくて、オルゴールの音が好きという人には、どんな曲ですか?と聞いたり、モーツァルトが好きという人には、弦楽器ですか?ピアノですか?と聞いたり。自己紹介コーナーで少し盛り上がったところで、いよいよ音楽の時間となりました。音楽に合わせて赤ちゃんとお母さんが触れ合いながら歌うふれあい遊びをしたり、童謡を歌ったり。

その様子を見て、みんなで一緒に歌ったり体を動かしたりしていると、自然とほのぼのと一体感のようなものが生まれ、やはり家ではできない体験になるのではと改めて思ってそういう話もしました。お母さん方は、音楽は何か子どもにとって良い影響があると思っていらっしゃるように感じました。

それらが一通り終わった後、ピアノ演奏をしました。保育士さんは打ち合わせの時、ミニコンサートをと提案してくださったのですが、今回はピアノのことはお知らせしていなかったので、BGM演奏ということにしてくださいとお願いしていました。もともとこの後半の時間帯は親御さん同士がおしゃべりする時間ということなので、邪魔にならない程度に弾いて、興味のある人は聴いてくださればいいし、おしゃべりしたい人はおしゃべりしてもらったらいいしという感じで。

それで、先日の子育て講演会に合わせて編曲した「春の曲メドレー」やオリジナル曲などを弾きました。途中、私が弾いている横に赤ちゃんを抱っこしながらやってくるお母さん方もいらっしゃり、最後も私の曲に合わせて赤ちゃん抱っこしてゆらゆら揺れてるお母さん方がピアノの周りに何人かいらっしゃって、とても満たされた気持ちで弾いていました(笑)。後から思うと、コンサートと言ってやっていれば皆さん座ったままじっと聞くことになっていただろうけど、BGM演奏で自由な感じにしていたので、興味のある人は近くに来て聴いたりしていただけたのかなと思います。

お子さんが初めてピアノの音を聞くと言われるお母さんもいらっしゃり、その他好意的な感想を色々いただき、よかったー!と思っています。柔らかい音色のするピアノで、弾き甲斐もありました。

前後しますが、3月4日の聚楽保育所でやらせていただいた子育て講演会でも、お話の他、演奏や手遊び、歌などをやって、その後のアンケートで、演奏を聴いて癒されましたとか、お子さんが楽しそうにしていましたなど、うれしい感想をいただきました。

私は自分が弾いてるだけでも幸せですが(笑)、やはり少しでも何か感じていただけたり、喜んでいただけるのが何よりもうれしいです。モチベーション上がります!皆さんのお言葉を糧に、今日も弾く!(笑)。

子育て講演会を終えて

今日は聚楽保育所で子育て講演会を行いました。朝から雨のためか、例年よりも参加者は少なかったですが、保育所の子どもたち30人も来てくれて、にぎやかになりました。

プログラムは、

・お話(乳幼児の聴覚や音楽との関わりなど)

・演奏(モーツァルトピアノソナタと乙女の祈り)

・英語の歌で手遊び

・マラカスを使ってリズム遊び

でした。

今回演奏の前に、特に小さい子がアコースティック楽器の生演奏を聴くメリットについて話しました。

一つは、音楽はスピーカーから流れてくるのではなくて、生身の人間がこんな風に演奏しているといるのだということを感じる体験してもらうこと。以前、ピティナのサイトでロンドンのミニ・モーツァルトというクラスについて書かれた記事を読んだ時、これについて書かれていて、確かにと思いました。

二つ目は、CDやデジタル機器から流れてくる音楽と生演奏で聞こえる響きは違うけれど、耳のいい小さな子にはぜひそれを体験させてあげてほしいということ。

ピアノで倍音を感じてもらう実験をしましたが、これは皆さん興味を持って聴いてくださったようです。

名前は「子育て講演会」ですが、今年は特に保育所の子どもたちがたくさん来てくれたので、さらに子ども向けのわかりやすい内容にした方がよかったかなとか、色々とあとで思いました。

終わってから、4月から職場に復帰するのでこれで最後ですと挨拶されたお母さんがいらっしゃり、少し寂しい気持ちになりました。毎月じゅらく児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」に来られてて、ピアノありがとうございましたと言ってくださいました。

3月は卒業シーズンですが、毎年、そうやって何組もの親子を見送ってきたなあと感慨深いです。一緒に音楽で遊んだことが記憶のどこかに残ってるといいなあと思ったり。みんな元気に、いい人生を送れますように!

 

 

楽しいクリスマス会でした

12月11日、12日、13日の3日間、親子向けのクリスマスイベントでピアノを弾きました。場所は、いつものじゅらく児童館、元明倫幼稚園、朱六小学校です。

3日とも、プログラムはクリスマスやその他の歌、パネルシアター、プチコンサートなどでした。じゅらく児童館と朱六小学校は場所が近いので内容をなるべく変えてやりました(やはりどちらも来られた方が何人かいらっしゃった)。

3日間のうち、13日が一番多かったようで25組の親子が来られたと地域の担当の人から聞きました。いつもそうですが、来てくれたのはまだ寝返りもうてない小さな赤ちゃんから、動き回れる2歳までくらいの子たちがほとんどです。

歌は小さな子もできるような手遊び歌と、大人が歌うクリスマスの歌などでしたが、「きよしこの夜」や「星の世界」や「もろびとこぞりて」は大勢で歌うときれいですね。伴奏してて感動します!もろびとこぞりての作曲はヘンデルですし!

これまで、伴奏は歌の譜面にコードをふったくらいのもので済ませていた曲もあったのですが、今回は全部編曲して譜面にしました。その方が多少でもいい伴奏になりますから。

ピアノを弾いていると、やはり近寄ってくる子がいます。今回、2日目は二人ほどピアノを触りに来る子がいましたが、一人はハイハイして近づいてきて、お母さんが引っ張って戻すとまたハイハイでピアノに近づいてくるという感じで、その一途な様子に感動しました(笑)。そのまま突進したらピアノにぶつかるよ!(笑)

3日目は、子どもを抱っこして一緒に弾いているところを見に近づいてくるお母さんも何人かいらっしゃいましたが、2歳くらいかな?という男の子が何度も何度も私の左側から低音部の鍵盤を触りに来ました。そのたびお母さんが抱いて連れていくのですが、手足をばたばたさせて泣く様子を見てなんだが悪いなあと思いました。でも、プログラムが全部終了して、遊びの時間になりBGMとして弾いていた時は、一緒に弾こうかと言って鍵盤を好きに触らせてあげるとおとなしくずっと横で音をだしていました。あんまり力もなく大きな音でもないからさほど気にせず、私は自分の音楽を弾き続けました。時々手と手があたりながらも(笑)。

プチコンサートでは、モーツァルトのソナタと自分の曲とハイドンのソナタを弾きましたが、特にハイドンのソナタの時は子どもを抱っこしたまま、体をゆすって拍子をとってるお母さんたちがいました。その様子を見て、うれしくなって私もより楽しい気分に。モーツァルトのソナタもアルベルティ・バス(ドソミソのような伴奏スタイル)が出てきますがこちらはアダージョ、ハイドンはアレグロで、やはりアップテンポになると、グルーブ感が出てくる(出したい!)ので、ノリノリな感じになってくるんですね。なので、自然と体が動くんだと思いますよ。

プログラムの最後は赤鼻のトナカイとジングルベルのメドレーをみんなで歌いましたが、小さなペットボトルの中にビーズが入った手作りのマラカスを配ってもらいました。小さな赤ちゃんたちはそれを手に取ると、さっそくペロペロ(笑)。なんでも口に入れたい年頃やもんね。

マラカスも入って、大盛り上がりでクリスマス会は終わりました。楽しかったという感想も聞けたし、皆が帰ってから私も含めスタッフ(地域の委員さん、保育所と児童館の先生たち)6人で、たくさん来てくれて、楽しんでもらえてよかった、よかったと話しました。

以上、ちょっとまとまりないですが、クリスマス会の様子を書きました。

これは、じゅらく児童館の飾りつけ。青!が新鮮でした。