録音うら話

今新しいアルバムの準備をしています。4月の終わりから録音に入って、結局1か月かかりました。もちろん、毎日録音していたわけではないですが、思った以上にかかりました。

録ったらそれを聴いて確認しますが、なかなか満足できない。繰り返しているうちに、細かい所が気になってくる。それでより演奏が委縮して悪いスパイラルに入っていく。

どうしたら、それを回避できるか考える。考えながら弾く。どうすれば思った音が出るのか。タッチの加減、指の角度、余計な力を抜く意識、打鍵の瞬間に意識を持っていく。

普段もレッスンのアドバイスも参考に、色々考えながら弾いていますが、録音するとそれがどういう結果になっているのかちゃんと確認できます。ヘッドホンで聴くと弾いてる時には気づかないことにも気づく。

スタジオで録っていた頃は、そこまで時間をかけなかった(1日でアルバムの録音を終わらせていたことが信じられない。とりあえず間違えずに弾ければOKくらいの次元)ので、気づいていないことも多かったと思います。

けれども、時間をかけられるともっと細かな部分を聴く余裕があるので、気づいてしまうし気づいたら直したくなる。編集でどうのこうのはできないから、とりあえず最初から最後まで何度も録り直す。

続けてやっていると集中力も落ちてきて、ミスが増えだし、これ以上やっても無駄となる。

日がたつにつれ焦りも出てきて、一体何をやっているのだろうと、精神的にもきつくなってくる。もっと能力があれば簡単なことなのだろうとか、マイナスの思考になってしまう。

それでも、一曲ずつなんとか仕上げていくうちに、最初よりも色々とわかってくることがあり、精度が上がってくる。それで、最初の頃に録ったものを聴くと、すでに雑に聞こえる。それでまた録り直し。エンドレスではないかと不安になる。

さんざん時間をかけて録ったけれど、今回アルバムにいれるのを見送った曲も何曲かあります。何度録っても満足できない。それで、この曲がいまいちなんだという結論に達したりして。

今日こそは終わりにすると思い始めてから10日ほどたって終わったように思います。終わりにできたのは、もう今これ以上やってもこれ以上はよく録れないと思えた時です。

別の分野のクリエイターとそのことについて話すと、締め切りがないときついということです。自分で締め切るのはなかなか難しいものです。

そして、とうとうエンジニアさんに連絡しました。なんと、その後にもまたしぶとく半日ほど録音しましたが、それは採用しませんでした。今、仕上げについてエンジニアさんとやり取りしているところです。

録音終わってからの話ですが、たまたま合間合間に読みかけていたキンドル本の続きを読んでいると、ドキッとすることが書いてありました。

本は苫野一徳さんの『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)です。本の中で、ジャン・ジャック・ルソーの著書『エミール』の内容を紹介されています。

ルソーは不幸の本質は「欲望と能力のギャップ」であると言い表しているということです。苫野さんはこれをすぐれた洞察だと書かれている。

そうか、私が1か月苦しんだ(?)のはこれだったのかな。もっとこうしたいということと自分の能力とのギャップがあったせいか。

確かに、その間、正直しんどかった。けれども、終わった結果、少しは身についたものがあると感じています。努力の結果、得たものもある。欲望と能力のギャップはどこまでいっても埋まらない。けれども、そのギャップが自分を前へ進めてくれる原動力にもなり得るのではと思っています。つまり、欲望は大事です(笑)。

本の中では、欲望と能力のギャップの解消法として、

  ①能力を上げる ②欲望を下げる ③欲望を変える

という3つのパターンを挙げられていますが、自分にあてはめればこの中のどれかというより複合的な感じがします。

あと、楽器の話ですが、録音してじっくり聴いていると、いくつかやや鳴りの悪い鍵盤があることに気づきました。2年前、ピアノのハンマーを含む内部の部品をごっそり交換していただき、前回録音時には入ってしまっていた打鍵時のノイズはなくなりましたが、生楽器ですし、年数もたっているし、そんな上等なものでもないし仕方ないです。鳴りの悪い音は意識して弾く工夫が必要でした。また、ペダルを踏む際に妙なノイズも入ったり。

YouTubeなどで素晴らしいピアノの音源を聴いていると、テクニックの違いも当然ですが楽器そのものの違いも感じます。いい楽器で調整も直前に行われているのなら本当にいい音がする。これはあきらめるしかない。部品を交換し、マイクを選び直し、少なくとも、前回の自宅録音よりはいい音で取れているようです。エンジニアさんもそう言ってくださっています。

アルバムは多分1か月以内には出せると思います。またお知らせします。