音色に目覚めたできごと

もう何年も前になりますが、ポーランドのピアニスト、アンジェイ・ヤシンスキ教授の公開レッスンを見に行ったことがあります。その時の経験が私がピアノの音色に目覚めるきっかけになったと思っています(確か)。公開レッスンですから、先生は自分のリサイタルのようには演奏されないわけですが、合間合間にさらっと見本に弾かれます。その時に聴いたヤシンスキ教授のモーツァルトにはっとさせられたのです。気楽に弾いている感じなのになんという音色。ピアノからあのような音が出るのかと(ちなみにヤシンスキ教授はショパンとモーツァルトがお得意なようです。ボーランド出身ですからね、ショパンコンクールの審査員もされている)。

それからしばらくは、モーツァルトを少しでも美しく弾くことに挑戦していました。下部雑音が混ざらない方がいいのかとか、色々研究もしました。下部雑音を意識しすぎると、打鍵が浅めになり不安定になる。それで、ピアニスト内藤晃さんが書かれた「ピアノでオーケストラを」という冊子を読んでいると、「下部雑音の有無を用いて音色をコントロールする」ことについてなど書かれていて、そうか、曲にもよるだろうけど使い分けが必要なのかと思ったり。なかなかイメージしている演奏には近づけない(汗)。

まあ、そんな経緯があって、音色というものにより注意がいくようになったのです。
ここ何年かは自作曲を作って弾くことが多かったのですが、テンポがゆったり気味でシンプルなものが多い。そうすると自然と出している音一つ一つがわりと良く聞こえて、音質チェックができる。それで、ピアノの残響がきれいなあとか感じているのですが、これはまさに倍音を楽しんでいるんだなと思っていました。

なので、最近読んだ『ロシアピアニズム』(大野眞嗣氏著/yamaha music media)に倍音を響かせる弾き方について書かれていたのを見て、自分はわりとそのつもりなんだけどなあと思っていました。

そして、前回の記事で書いた話につながるのですが、調律師さんが弾き方によって基音と倍音のバランスが変わり音色が変わるということをピアノの構造から説明されるのを聞いて、改めてさらに倍音を響かせる弾き方があると認識しました(何も考えずに弾いても弦は共鳴するから倍音は出ているんだけど)。

そして、松田紗依先生のレッスンで目の前でタッチの違いによる音色の違いを聞いて、感動したわけです(笑)。

今回この記事を書くにあたって、内藤晃さんの「ピアノでオーケストラを」、『ピアノの演奏と知識』(雁部一浩著/音楽之友社)→(この本は確か音色に目覚めるよりずいぶん前に読んだのですが、当時、ピアノの構造上、ピアニストが意図的に操作できるのは音の「長さ」と「大きさ」だけ(雑音効果をのぞき)と書かれているのに対して、そんなもんだろうか?と思っていました。今回、それは違うだろうと思えるようになりました)、そしてヤシンスキ教授の公開レッスン時のメモをチェックしました。

そのメモの中に、「打鍵後、リボンを引っ張るようにその強さを変える」というのがありました。これがもしかしたら、鍵盤の上で指をすべらせる倍音を響かせるタッチのことだろうかと、今頃思いいたりました。当時はメモはしていたけどそこまで考えていなかったと思う。けれど、メモしておいて良かった(笑)。

ヤシンスキ教授の演奏、生で聴く機会はもうないでしょうけど、YouTubeにあったのを見つけました。

それとはまた別に、たまたまYouTubeで倍音について説明されているジャズピアニストの動画を見つけて、なんとなく聞いていたんですが、一通り説明が終わったあと、質問者が、ピアノを弾かれるとき倍音を意識されていますか?と尋ねると、そのピアニストは少し考えてから、いえ、ほとんど意識しません、その他のことに意識がいっているのでと答えられていました。ジャズピアニストの場合、やはりアドリブとか考えることがいっぱいあって大変なのかもしれません。また音数の多い、速い曲などの場合もそういう響きを感じるチャンス自体少ないかもしれない。

ピアノという楽器は音と音の間に段差があり(半音、例えばドとドのシャープの間は音がない)、弦楽器や歌に比べ、「歌う」点において不利な楽器で、不利な点を補う方法の一つとして倍音を生かすというのがあると思います。

先日のレッスンで、松田先生がチッコリーニのテクニックについて弾きながら説明されました。チッコリーニ……すぐに思い出せなかったけど、音源も持っているし、以前本も読んだことがあるのを思い出しました。その本についてブログに書いていたことがあります(美しい音をめざして)。その中からの引用です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アルド・チッコリーニが5歳で初めてピアノを習った時の先生が言った言葉です。

「アルド、綺麗な音を出して頂戴! 私に美しい音を下さい! とても表現力に富んだ麗しい音の調べが欲しいの」

『アルド・チッコリーニ わが人生』(パスカル・ル・コール著/全音楽譜出版社)

ちょっとショックなくらい、感心しました。レッスンを始めた時から、自分の出している音を意識させるとは、とてもすばらしいことだと思いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『ロシアピアニズム』に、日本ではデュナーミク(強弱)によって変化をつけ、音色そのものにこだわる指導をしている先生は少ないというようなことを書いてありました。私も自分の経験を振り返り、確かにそういう傾向があるかなと思っています。

この3年ほど前の記事でも、「これからも、美しい音をめざして修行を続けます!」と書いてました(笑)。はい、まだまだ続きます(笑)。