ベートーヴェンの本 その2

先日、『ベートーヴェンの生涯』(青木やよひ著/平凡社)を読み終えました(改めてもうちょっとじっくり読みたいですが)。いやあ、良かった良かった。

興味深く感じた個所は山ほどあります(笑)。ご紹介しきれませんので、興味のある方は読んでください(笑)。それで、最も強く印象に残った事柄について書きたいと思います。超有名な『交響曲第九番』が生まれた背景についてです。ちょっと固い話と感じられる方はスルーしてくださいね。

著者、青木やよひさんの考察になりますが、まず、ベートーヴェンにとって「神」とは何だったのかという問いかけがあります。彼は「神」というものをいつも身近に感じていた。それは、「人間の良心のよりどころとして」そして、「苦難の癒し手として」。

ベートーヴェンにとっての最初の「神」は、洗礼を受けたボン(ドイツ)の聖レミギウス教会。この教会が属する宗派は「自然への愛好」「人間同士の友愛的連帯」「異教への寛容」を特色としていた。その教会で、ベートーヴェンは少年の頃よりオルガンも弾いている。

その後、ベートーヴェンはキリスト教以外の宗教や様々な思想にも出会う。

「古代ギリシャの詩人たちの作品やカントの自然史研究の理論書などの他に、インドの聖典や宗教書などに深く共感し、それらからの引用を数多く『日記』に書き残していた」

一方で、聖書からの引用は一度もないということ。

ベートーヴェンは第九を作曲する前に「ミサ・ソレムニス」という大曲を書いている。4年の歳月をかけ作り上げたけれど、それに満足できない。その理由をロマン・ロランが「多分彼の神が〈教会〉の神でなかった」と述べていることを紹介。

「人生のモットーとして机上に置いていたのも、エジプトのピラミッドに刻まれた碑文の一部だった。こうした彼の精神世界のありようは、正真のキリスト者にとっては〈異教的〉と見えることだろう」

自由・平等・友愛の精神のもと教会の権威を批判する立場をとるフリーメーソンという組織の会員に、尊敬し親交もあったゲーテ、第九の原詩の作者シラー、モーツァルト、ハイドンなどの他、親しい人たちが名を連ねていたけれど、ベートーヴェンの入信記録は見つかっていない。

「彼自身のアイデンティティーにメーソン的な思想基盤があったことは疑いない。それにもかかわらず入信しなかったとすれば、彼は思想信条は共有するが、いかなる集団の掟にも縛られたくないとする独特の自由精神の持主だったと見ることもできよう」

結局、ベートーヴェンが思う「神」とは、特定の既存の思想ではなかったという見方です。たくさんの素晴らしい考え方、思想を取り入れながらも、一つの思想の下に縛られたくない!ここ、とても共感できます、私。

それで、いよいよ「第九」です。彼にとっての「神」つまり「自分の思想」を音楽によって表現したものがあの曲だったということです。

『第九』は長い人生のさまざまな時期にベートーヴェンの中に宿った、時には対立さえする多種多様な思想や動機が、半ば無意識に合流し統合された作品と言えよう。しかしその方向性は一瞬にし て決ったのだ。『ミサ』から手が離れた時、自分の最後のメッセージは、あれではない、これだ!  と閃いたに違いない。これとは何か? 教会の典礼文ではなく、自分の言葉によって、自分の神に、 生きとし生けるものと共に、喜びにみちて祈ることが可能な音楽に他ならなかった。

(自分の言葉→原詩はシラーの詩「歓喜に寄せて」)

対立する思想さえも乗り越え、喜びを共有することは実際難しいし、理想的すぎるかもしれない。でも、ベートーヴェンのようにどこにも属さず自由な精神であることは(彼自身の思想はある)、色々な考えの人たちとの対話を閉ざさないということだと思う。私も最近ちょうどそのようなことを考えていたので、この本に出会ったのはグッドタイミングでした。

ベートーヴェンは20代から難聴が始まり、やがて聞こえなくなる(それで作曲ができていたことがすごすぎる!)。そして、何度も失恋をし、苦悩する。持病などもあり、様々な困難に直面するけれど、創作への意欲、使命感が何度も彼を奮い立たせる。そしてずっと彼を支えてきたのが、彼が信じる「神」(思想)であり、それが人々と共に喜びを分かち合う大作として結実した。なかなか感動的ではありませんか!

ベートーヴェンの葬儀にはウィーン中から2万人、3万人という規模の市民が集まったということです。彼が音楽を通し、社会にのためにしようとしたこと、それが多くの人の心を動かしたのかもしれません。

ベートーヴェンという人は、思っていたイメージをはるかに超える興味深い人物、偉大な音楽家でした。

 

読んでいる途中から、ベートーヴェンの曲を弾きたい気分になっていました(長らく弾いてなかったしあまり弾くこともないと思っていたけど)。5月末までアルバムリリースの準備をしていたので、終わってからピアノソナタを何曲か弾きました。本を読む以前とではやはり違う気持ちで作品に接しました。新しい発見もあり面白かった。