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パリ・マグナム写真展を見て

京都文化博物館で行われている「パリ・マグナム写真展」へ行ってきたので、ちょっと書きます。

マグナムというのは、京都文化博物館のサイトより引用すると

1947年、ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアによって「写真家自身によってその権利と自由を守り、主張すること」を目的として写真家集団・マグナムは結成されました。以後、マグナムは20世紀写真史に大きな足跡を残す多くの写真家を輩出し、世界最高の写真家集団として今も常に地球規模で新しい写真表現を発信し続けています。

ということです。

日曜の朝にこの展覧会のことを知って、マグナムについてほぼ何も知りませんでしたが、面白そうだから行ってみることにしました。

写真は、1932年から2017年5月までのもので、「人」を主役としたものが多かったという印象です。ストライキ、デモ、集会、暴動、戦争などを含む様々な状況の中での、人の姿や表情がうまくとらえられていて、その瞬間の前後について想像を膨らませたくなるような感じがして、じっくり見ていました。様々な人の表情から、何を感じて、何を考えているのだろう?と考える。

展示室の入り口を少し入ったところに、アンリ・カルティエ=ブレッソンの言葉が紹介してありました。

「以前の私は詩のために詩を探求する人のように、写真のための写真を求めていた。マグナムの誕生で、物語を語る必要性が生みだされたのだ」

確かに、物語を感じました。物語は見る人を引きこむのだと思います。

写真はモノクロームがほとんどで、最後の方でカラーが出てくるのですが、ふと感じたことがあります。モノクロームの写真をたくさん見た後、カラーの写真を見ると、急に物語から現実に引き戻されたような感じがしました。目に映る情報が増えて色が気になる感じ。全部カラーならそんな風には思わなかったかも。今回の展覧会はモノクローム写真がとても魅力的だなと思いました。そして、写真だからこそできる表現というものがあることを改めて感じさせてもらいました。

もっともっと色々なことを思ったんですがね、なかなかまとめるのは難しいです、いつも。

先入観なしで、好奇心で接して何かを感じるというのは楽しいものです。音楽に限らず、常にわくわくさせてくれるもの、インスパイアしてくれるものを探しているなと自分で思います。道端の花でも!

 

お寺でバロック

日曜はパブロ・エスカンデさんと三橋桜子さんご夫妻からご案内いただいたコンサートに行ってきました。場所は京都市左京区の法然院。哲学の道の途中から東へ坂を上がって行った奥にあります。哲学の道へは時たま行くことがありますが、法然院は久しぶりです。山門がとても素敵。来月になれば、紅葉で人もたくさんでしょうが、夕方近くということもあってかそんなに多くはなかった。でもコンサートには多くの人が来られていました。

今回のコンサートは、初期バロックの作品ばかりで、お二人の他にバロックの演奏家が二人いっしょに演奏されました。チェンバロの他、バロックギター、テオルボ、コルネットなど初めて見たり聴いたりする楽器がありました。パブロさんがオランダから船で送ったという小さなパイプオルガンも。
お寺の本堂の真ん中にチェンバロがある光景はなかなか不思議な感じでした。他の部屋より天井が少し高く、端に向って少し丸みをもたせてあり、思っていたとおり、柔らかないい音がしていました。

今回演奏された初期バロックの作品は、作曲家も曲も知らないものばかり。でも、全体的に優しい音色、歌も含めた楽器の音の溶け合う美しさ、趣向をこらしたプログラム、知らない楽器への興味などからとても楽しめる内容でした。

近頃は、トークも充実しているとよりコンサートの満足度も高まる感じがしますが、今回も初期バロックの作品や楽器などについての説明がたくさんあって、おもしろかった。
バロック時代は即興演奏もさかんで、八分音符を三連符のように弾いていたということは本で読んだりしていました。そういう演奏も聴いたことあります。これは後のジャズのようですが、今回のお話でバロック時代の即興も何かインスピレーションを得て演奏するというよりも、たくさんのフレーズをストックしておいて演奏する時に引き出しからそれを取り出すというようなことを聞いて、そうか、ジャズもそうやって学習すると聞いたな、と思ったのでした。今回の演奏でも、即興演奏の部分があったようですが、もともとの曲を知らないので、どの部分がそうか、ちゃんとわかりませんでした。

休憩時間に、少しパブロさんと話せたので、最近ジャズを勉強しはじめたと言うと、すぐに何が言いたいかわかってくれたようでした。今日のコンサートとの接点。初期バロック作品はより自由な感じがする(クラシック音楽の中で)ということについて共感できました(夫も)。

コンサートの始めに、住職の法話みたいなのが少しあって、仏教は宗派が違ってもそれを認め合う寛容さがあり、それは大切なことであり、日本のお寺でヨーロッパの音楽が演奏されるのも意義深いことであるというようなことをおっしゃってました(おおざっぱな記憶ですが)。
お寺でバロックは、期待通り、いやそれ以上に素敵でした。

下鴨納涼古本まつり

下鴨納涼古本まつりに行ってきました。何年か前にも行きましたが、ちょうど今、何か本を読みたい気分だったからいいタイミングでした。
本が並ぶ糺の森は木陰がたくさんあって、小川もあるし、雰囲気的には涼しげですが今日はすごく暑かった! ずっと古本まつりのうちわをばたばたさせながら、少しずつ見ていきました。といってもすごい量で、本屋さんのようにジャンルごとに分類されているわけではないので(絵本とか、大型本とかぱっとみてわかるのもありますが)、適当にながめてなんとなく興味のありそうなものが並んでいるところで立ち止まって、気になるものはとりだしてめくってみるという感じ。大量に本があるからといって欲しい本がそう簡単に見つかるわけではなく(多分ジュンク堂の方が見つかる)、1時間ほどうろうろしてたでしょうか、暑いし、うちわで扇ぐのも疲れてくるし、だんだんうんざりしてきて「もういいわ」と夫に言った後、なんとなく見てたら以前も古本まつりで買ったことのある本屋さんがあって、もしかしたらと本棚を眺めていたら、ありました、興味そそられる本が。せっかく行って時間かけて見たのだからやはりせめて1冊は手に入れたい。中を眺めて、うん、面白そう。ということで買いました。

もう何年も前、私にしたら危機感を覚えるほどモチベーションが低下していた時があって、どうしようもなくて何の目的もなく本屋さんに行って、ぼんやり本棚を眺めていて、目が留まった本を手に取りました。「モーツァルトが求め続けた「脳内物質」」というちょっと怪しげなタイトルの本です。それを見つけた段階ですでに私の中で低下していたモチベーションが上がりはじめました(まだ読んでないのに、なんで?)。そして読んでみて、何かすごく影響を受けたというわけではないですが、とにかくその本を見つけたことが1つの転機となりました。なぜかはよくわかりません(笑)。そういういきさつのある本なのでタイトルは覚えています。
私は決して読書家ではなく、はやってたり、皆が面白いと言ってても、実際読み始めて興味持てなかったらそれ以上は読めません。でも、本は時として大小さまざまな気づきを与えてくれたり、発想の転換のきっかけとなります。今回買った本からもきっと何かを得られるのではと期待します。

インディーズ映画上映会

おととい、京都国際インディーズ映画祭を運営されている京都メディア・アート・ラボ企画の上映会へ行ってきました。場所は室町御池上るの『遊子庵』。町家です。
スタッフの方も入れて10人ほどのこじんまりした上映会でしたが、TVF(東京ビデオフェスティバル)の受賞作のうち短い映画を4本(ドキュメンタリー3本、アニメーション1本)を鑑賞し、映画の間や終わってから映画の話やさまざまな話をたくさんしました。
京都国際インディーズ映画祭は今年で10年目ということでTVF(東京ビデオフェスティバル)からTVF文化功労賞を受賞されたそうです。
私はたまたま今回の上映会を知って、ぜひ行ってみようと思いました。インディーズ映画でどんな音楽が使われているか興味があったからです。
ドキュメンタリーの3本は、どれも重たいテーマでインタビューをメインとした構成になっていて、そういった映画に「音楽いる?」と感じられないようにさりげなく音楽を入れるのって難しいのではと思いました。3本とも音楽は控えめでした。
アニメーションは、より音楽は自然な感じがしました。物語であるし、音楽自体も良かったのではと思います。
映画も皆さんのお話も興味深く、楽しい時間を過ごしました。

梅宮大社へ初詣

今日は家族3人で初詣へ行きました。梅宮(うめのみや)大社です。ここは、酒造、子宝や縁結びの他、学業、音楽芸能(!)の神様が祀られているということですが、その始まりはおよそ1300年前ということです。
近くの松尾大社の初詣に比べると人も少なく、屋台などもなく、静かでゆっくりできる感じです。四季折々の花が楽しめる神苑は、今は花は少ないですが、それでも椿、梅(早い?)、水仙、千両・万両・南天の赤い実などが見られるし、木々には春を待つまだ閉じている新しい芽がたくさんあって、自然の生命力を感じることができます。
いつもお守りは買ったり持ったりしないのですが、「音楽芸能成就」のお守りを買ってしまいました(笑)。今年もきっといいことがあるという予感がします(ポジティブです!)。

 

自然を感じて

今日は大田神社のカキツバタを見て、またそこから近い深泥池まで行って自然を楽しんできました。いずれも歴史が長く、特に深泥池は氷河期以来の動植物が今も生き続けている!という自然豊かな場所です(深泥池といえば、おばけの話が有名で子どもの頃は怖く感じましたが(笑))。
上賀茂神社と大田神社の間にある、藤木社の樹齢500年のクスノキの存在感もすごいです。いつも巨木を見かけると、オーラを感じ、しげしげと眺め、ずっとそこに生き続けていることについて不思議な思いがします。何百年も周りでおこっていることをずーっと見てきてるんだなと思えたり。どうしてもただの木とは思えない(笑)。
ゆっくりと自然と向き合って、色々感じて、また創作などに生かせそうな気分です。